35話五分間
カインの進路予測をあざ笑うかのように、禍々しいヘリオスフィアの輝きを纏った《アルテミス・レイ》は、プロイセン王国の山岳基地へと降り立っていた。それにより即座にタカチホへと伝令が飛ぶ。
「なっ……予測進路を外れてプロイセン方面だと!? まだ距離があるはずじゃ……!」
「カイン、無駄口を叩くな! ただちにセンコクを起動する!」
レン・カンザキは通信回線に鋭く指示を飛ばしながら、愛機に搭乗し、アルテミシウム炉を急激に立ち上げた。
「アザレア全機、プロイセン山岳基地へ向かえ! 最大戦速で急行するが、無理はするな!」
「おいおい、相変わらず無茶な……でも今回は同意見です。スクナビ、追いますよ!」
カインの《スクナビ》をはじめとする特務部隊アザレアの10機が、次々と大気圏内を疾走した。プロイセン基地からは断続的な爆発音と緊急通信が届いており、状況は明らかに悪化しているが、まだ完全崩壊には至っていない。
急行したアザレアの混成小隊が戦線に到着したとき、基地はすでに激しい損害を受けていた。しかし《アルテミス・レイ》の動きは予測よりやや緩やかで、即座に全滅させるような勢いではなかった。
「くっ……やはり化け物か。だが、まだ戦える!」
レンのセンコクとカインのスクナビが連携し、背中を預け合う形で前線に躍り出た。カインは二振りのレイピアを巧みに操り、レイの大剣を振り回す攻撃を細かくかわしながら反撃を試みる。レンも機体の主兵装の内のショットガンとマシンガンで射撃を加え、なんとかレイの注意を引きつけていた。
ただし、強行の影響でセンコクの駆動系に軽い負荷がかかり始め、警告音が断続的に響いている。
「このままじゃ長くは保たない……! だが、ここで引くわけにはいかない!」
レンが歯を食いしばったそのとき――
夜霧の彼方から、さらに別の「藍色の閃光」が高速で接近してくるのが確認された。
「おじさん……やっと、やっと見つけた……!!」
戦場を覆う爆炎と夜霧を切り裂き、私の《ニルヴァーナ》は猛烈な速度で突入した。
メインモニターの特等席に映し出されたのは、10年間夢にまで見たあの純白のフォルムに恐ろしいオーラを持つアルテミス・レイ。
「あははっ! そこにいたんだね! ずっと探してたんだよ、おじさん!!」
周囲が火の海だろうが、ヒノモトの連中が全滅しかけていようが、今の私にはそんなこと一切関係ない。胸の奥から湧き上がる歓喜のままに、私はコックピットで声を上げて笑った。やっと会えた。あの日!あの日から止まっていた私の時間が、今猛烈に動き出そうとしている!
でも、感動の再会に浸っている暇を、その場に転がっていた「赤いお邪魔虫」が遮った。
「なっ……ソ連の骨董機だと!? 貴様ら、何をしにきた!」
通信回線に割り込んできた、アザレアのエースパイロットと思われる男の疲れ切った声。
私はニルヴァーナの視線を動かし、ボロボロになって背中を預け合っている機体二機を一瞥した。
(……ふーん。これがヒノモトの部隊『アザレア』? 最高速度で急行してきたみたいだけど、あのアルテミス・レイに完全に手も足も出ないでボロ雑巾みたいになっちゃってさ。ダサいなぁ)
一瞬だけ憐れみと冷ややけを含んだ視線を彼らに向けた後、私はすぐに愛機のレバーを引き絞り、世界で一番大好きな標的へと向き直る。
「リーカスおじさん! 今度こそ、その中から引きずり出してあげる!」
銃としても機能する私の「鞘」が、ニルヴァーナの左手で眩い光を放つ。大口径のビームが、アルテミス・レイを正確に捉えて炸裂した。
凄まじい爆風がプロイセンの岩山を揺るがし、アザレアの2機を圧倒していた純白の魔機が、初めてその巨体を大きくのけぞらせる。
しかし、アルテミス・レイの中に潜むアノマリーは即座に体勢を立て直すと、機体各部から禍々しいヘリオスフィアの赤黒いオーラを激しく噴出させた。10年前の太陽戦争を彷彿とさせる、おぞましいほどのプレッシャー。
「いくよ、ニルヴァーナ!」
藍色の機体と、漆黒の尾を引く純白の死神。因縁の二機が、プロイセンの冷たい夜霧の中で激しく交錯する。
刀と大剣がぶつかり合い、空間を融解させるほどの衝撃波が周囲を蹂躙した。
「鞘で撃ち、刀で斬る」私の天才的な波状攻撃が、アルテミス・レイを猛烈に追い詰めていく。おじさんの機体に傷をつけたくはないけれど、こうでもしなきゃ止まってくれない!
だが、あと一歩で間合いを完全に潰せるというその時、アルテミス・レイの機体全体が脈打つように赤く明滅し、鋭い電子アラート音が戦場に響き渡った。
「嘘でしょ!? 待ってよ、おじさん! また私を置いていく気!?」
私の叫びも虚しく、アルテミス・レイは背部の超臨界スラスターを爆発的に噴射。垂直上昇の圧倒的な加速で、一瞬にしてプロイセンの夜空へと消え去り、大気圏外へと逃げ延びていった。
これこそが、世界が気づいたもう一つのこと、アルテミス・レイの不思議な行動特性。
大気圏外から地表へ突如として飛来し、圧倒的な破壊の限りを尽くすが、かつてのユウマ・トードとの戦いの際に経過した『五分間』が地表で経過すると、すべての追撃をあざ笑うかのように大気圏外へと離脱してしまうのだ。
「あーあ……行っちゃった。でも、絶対にすぐ追いつくからね、おじさん」
私は悔しさに唇を噛み締めながらも、確かに残されたアルテミス・レイのGPSの微弱な信号を睨みつけ、次なる一歩へと思いを馳せていた。




