33話特務騎士達の不協和音
アイが改めて決意していた頃。ヒノモトの超近代的な軍事拠点、空中要塞『タカチホ』では。
ヒノモト大連邦は、10年前の「太陽戦争」で手に入れた次世代エネルギー「アルテミシウム・ノヴァ」により、世界を席巻していた。しかしその繁栄の影に、純白の魔機『アルテミス・レイ』という天災が常に付きまとっていた。
神出鬼没で防衛線を容易く突破し、都市や軍港を蹂躙しては漆黒の尾を引いて大気圏外へ消える——唯一、ソ連の領土だけを襲わないその機体は、「ソ連の秘密兵器」「世界を陥れるためのゴースト」と呼ばれ、国際社会の不信を煽っていた。
その天災を狩るために組織されたのが、国際超法規的措置部隊、通称『アザレア』である。
ソ連以外の全国家の国境を自由に越え、アルテミス・レイの追跡と排除のみを義務付けられた、連邦最精鋭の遊撃特務騎士団である。だがヒノモトが主に設立した組織だったため、各国からの目には不法入国者にしか写っていなかった。
「……また、あの『足跡』か」
『タカチホ』の最深部にあるブリーフィングルーム。
ホログラムモニターに映し出された、中央アジアの破壊された連邦拠点の惨状を見つめながら、一人の青年が低く冷徹な声を漏らした。
レン・カンザキ(20歳)。
特務部隊アザレアの筆頭エースパイロットになっており、連邦が誇る最高峰の若き絶対標的駆逐官。
白い儀礼用の特務軍服に身を包んだその姿は、一見すると貴公子のようだが、その切れ長の黒い瞳の奥には、10年前のあの日、軍都・桜坂の自宅の瓦礫の前で誓った「底知れぬ憎悪の炎」が未だに衰えることなく燃え盛っていた。
家族を、日常を、未来を奪った純白の魔機。そして、それに乗る正体不明の「操縦者」。
そのすべてをこの手で引き裂くことだけが、彼の生きる理由だった。
「おやおや、また眉間に深いシワを寄せて。そんな怖い顔をしていたら、せっかくの端正なお顔が台無しですよ、レン大尉?」
部屋の自動ドアが開き、軽い足取りで入ってきたのは、アザレアの副官でありレンの相棒を務める青年、カイン・アルフォード中尉(22歳)だった。
ヌーベル・フランスの没落貴族の血を引く彼は、緩く波打つ金髪を弄りながら、いつも通り不敵で飄々とした笑みを浮かべている。レンとは対照的に、軍服の襟元を少し崩した着こなしがいかにも彼らしい。
「カイン、進路予測の解析データは出たのか」
「相変わらず冷たいねぇ。まずは『おはよう、僕の優秀な副官』くらいの挨拶があってもいいんじゃないですか? ほら、君のためにコーヒーを淹れてあげたっていうのに」
カインは手に持ったマグカップをレンのデスクに置き、大げさに肩をすくめてみせた。
「無駄口を叩いている暇はない。奴はまた動いた。今度の襲撃で、連邦の第四機動艦隊が全滅した」
「わかってます、わかってますよ。冗談さ」
カインの目が、一瞬だけ鋭い軍人のものへと変わる。彼は手元の端末を操作し、メインモニターのホログラムを更新した。
「アルテミス・レイの戦闘、および逆算しました。奴の今回の離脱軌道は、南太平洋上空から急角度で北上……。おそらく、数日以内に再びどこかの重要拠点に現れる。問題は、その進路上のどこに『罠』を張るかですが……」
そこまで言って、カインは再び意地の悪い笑みを浮かべてレンを覗き込んだ。
「まぁ、君のことだから、また『僕が単機で突っ込んで足止めする、お前たちは退路を塞げ』なんて無茶な作戦を言い出すんでしょう? 復讐に目が眩んで命を捨てるのは勝手ですが、僕を未亡人ならぬ『未亡副官』にするのは勘弁してくださいね」
「フン……。お前が撃ち落とされない限り、俺が遅れを取ることはない」
レンは冷ややかに言い放ち、デスクの上の軍帽を手に取った。
「奴の狙いが何であれ、次に現れた時が奴の最後にする。機体の調子はどうだ」
「万全ですよ。君の愛機、センコクの調整は僕が完璧に終わらせてあります。僕を誰だと思っているんです? 口は悪いが腕は確かな、君のパートナーですよ?」
「……相変わらず、煽る能力だけは一流だな」
「最高の褒め言葉として受け取っておきます」
カインは恭しく一礼し、レンの後に続いて部屋を出た。
通路を歩きながら、レンは制服の内ポケットに触れた。そこには、10年前の瓦礫の中から唯一見つけ出した、妹・小桜の焦げた兎のぬいぐるみの切れ端が今も収められている。
(アルテミス・レイ……。お前がソ連の操り人形だろうと、あるいはただの意志なき怪物だろうと関係ない。お前のすべてを、俺がこの手で終わらせる)
通路の窓の外には、出撃を待つアザレアの特務機群と、レンの専用格闘機体、センコクが赤色の人工光を浴びて静かに鎮座していた。
世界を二分する巨大な動乱の足音が近づく中、リーカスとの再会とヒノモトへの復讐を誓うソ連の若き天才パイロット、アイ・ソノダ。そして、すべてを奪われた過去から復讐のために生きるヒノモトのエース、レン・カンザキ。
10年の時を経て、歪んだ運命の歯車が、二人の若き復讐者を同じ戦場へと引き寄せようとしていた。




