24話ソウル・トリガー
荒れ狂う太陽のプロミネンスが、ザンギエフの《アイアン・ベア・サバイバー》とゴウダの《タケミカヅチ》を飲み込もうとした、その瞬間だった。
空間が歪んだ刹那、青白いレーザーが二条、正確に放たれた。
一本はアイアン・ベアの肩関節に。もう一本はタケミカヅチの主推進器に。
「が、あッ!?」
『ぬぅっ!?』
激しい衝撃が走り、がっちりと組み合っていた二機は強引に引き剥がされた。
直後、二機がいた空間を太陽の巨大な炎の触手が薙ぎ払う。すさまじい熱波が機体を吹き飛ばしたが、間一髪で直撃は免れた。
熱圏の上方から、漆黒の機体が冷たく二人を見下ろしていた。シンの駆る《ヤタガラス》だ。長大なスナイパーライフルから、なおも熱い残光がゆらめいている。
『ゴウダ大佐、そこまでだ。……ユウマ少佐の作戦を成功させるため、これ以上の損失は認められない』
シンの冷淡な声が通信に響く。ゴウダは悔しげに機体を立て直し、ザンギエフも熱を帯びた操縦桿を握り直した。
「ハッ、冷酷な身内がいて助かったぜ、若造……!」
その刹那、ヤタガラスのモニターが鋭い殺気を捉えた。
シンの視線の先、太陽の白炎を背に、銃口をこちらへ確実に据えている影があった。ニコライの《エイドロン》だ。
左腕を失ったその機体は、ヒノモトの精鋭一般兵十名を単機で屠ったばかりだった。周囲に漂う残骸が、その激戦の凄まじさを物語っている。それでも残る装甲と駆動系は万全だった。右腕で構えられたスナイパーライフルは、電磁ノイズの嵐の中でも微動だにせず、静止していた。
「……そこの黒い鳥。人の戦いに割り込むなら、それ相応の覚悟はできてるんだろうな?」
ニコライの静かな声が、ノイズを切り裂いて響く。
『亡霊のニコライか……片腕のその状態で、まだ私と撃ち合う気か。この電磁嵐では照準器など使い物にならんはずだが』
「フン、天才様には分からんだろうよ。俺たち泥を這うスナイパーはな、目じゃなく魂で引き金を引くもんだ」
エイドロンのモノアイが、不気味に赤く輝いた。
レーダーも、弾道計算機も、熱遮断シールドも無力化された、太陽のすぐ傍らという極限の戦場。ここは技術とプライドだけを弾丸に変えて放つ、二人の狙撃手だけの絶対領域となった。
ヤタガラスがライフルの銃口をエイドロンへ向け、エイドロンもまた、残された右腕に全出力を集中させる。
一瞬の静寂。
次に光を放ち、生き残るのはどちらか。
太陽からの電磁嵐が最高潮に達した瞬間、二人の指が同時に動いた。
ヤタガラスから放たれた極大の光束と、エイドロンが放った渾身の実弾が、灼熱の虚空で交錯する。
互いの弾は相手の中枢をわずかに逸れたが、破壊力は凄まじかった。
激しい衝撃波とともに、エイドロンの胸部装甲が大きく裂け、ハッチが吹き飛ぶ。同時に、ヤタガラスのコックピットを覆うバイザー状耐熱装甲も粉々に砕け散った。
煙が晴れたとき、むき出しとなった互いのコックピットに、パイロットの生身の姿が露わになっていた。
すでに両機とも致命傷を負い、熱圏の慣性に流されるだけの鉄屑と化していた。しかし、二人の闘志はまだ死んでいなかった。
「……ここまでか。だが、まだ体は動かせる」
ニコライは警告音が鳴り響くシート裏から、かつての戦争を共に生き抜いた古びたスナイパーライフルを引き抜いた。無骨な木製ストックに、数多の傷が刻まれた愛銃だ。
シンもまた、大破したヤタガラスのシートから、同じく戦火を潜り抜けた軍用狙撃銃を握りしめていた。
銃に触れた瞬間、二人の脳裏に過酷な過去が鮮烈に蘇る。
ニコライは傷だらけのストックを撫でながら、皮肉げに笑った。
「……またお前と、泥を這うことになるとはな」
シンも、冷たい金属の感触に意識を沈める。
(私はまだ、あの戦場から一歩も進んでいないのかもしれない……)
ほんの一瞬、灼熱の虚空で交錯した、二人の孤独な記憶。
だが、バイザーの向こうで互いの瞳が捉え合った瞬間、感傷は吹き飛んだ。
二人は同時にコックピットから漆黒の宇宙空間へと身を躍らせた。
宇宙服の耐熱限界が数分という、極限の地獄。足場はゆっくり漂う愛機の残骸のみ。太陽の白炎がバイザーをギラギラと焼き、影に身を潜めながら互いに銃口を向ける。
レーダーも機体出力もない。あるのは己の呼吸と、肉眼で捉える敵の影だけ。
生身のスナイパーが極限で放った一撃は、戦場をさらに狂熱の渦へ叩き込んだ。
ニコライの弾丸がシンのライフルを銃身ごと粉砕し、衝撃でシンの身体を虚空へ弾き飛ばす。しかし同時に、シンの弾もニコライの宇宙服を破き、警告アラートを激しく点滅させた。
互いに致命傷を負いながら、二人のベテランは通信越しに不敵な笑みを交わした。
その直後、ニコライの視界がゆっくりと暗くなっていった。
一方、パイロットスーツが破れたニコライは
(チッ……パイロットスーツが破れちまった。てか、俺は一体、なんでこの作戦に参加したんだっけな)
思考がうつろになりながらそう考え、思い出したのはーー
12年前。
俺はソ連のスナイパー部隊でそこそこの腕を振るっていた。忙しすぎるわけでもなく、たまに家へ帰ることもできた。そんな日は弟と妹に美味い飯を買って帰った。あの頃の人生は、とても満たされていた。
だがそんなある日、『弟と妹は家ごと隕石に潰された』
月面のヒノモト領での工事の際に飛来したものだったという。
それ以来、俺の人生は色を失ってしまった。
数年後、まだ軍に籍を置いていた俺に話が舞い込んだ。
「我がソ連に力を貸さないか」
軽い気持ちで了承した。ヒノモトの鼻っ柱をへし折ってやりたかっただけだ。
……参加した作戦の最前線に、ヒノモトの不朽の死神がいると知ったときは、さすがに笑うしかなかったが。
(だが……ああ、これで……ようやく、弟と妹のところに……行けるな)
パイロットスーツが破れたニコライの意識はそこで途切れ、彼は太陽の熱圏の中で、静かに息絶えた。
機体を失い、熱圏の渦へゆっくりと漂流していく二人のうち、一人はすでにこの戦場を去っていた。
だが、ニコライが命を賭して稼いだ時間は、先行するリーカスに確かに「未来」を繋いだ。
そして舞台は、光すら歪む絶対の臨界点へ移る。
太陽の未知エネルギーが観測された地点まで、残り数キロ
視界のすべてを白炎が焼き尽くす地獄の底で、リーカスの《アルテミス・レイ》とユウマの《アルテミス・ノヴァ》が激突する。
スロットルは限界を突破。
機体が融解を始める中、勝利を掴むのはどちらの執念か




