23話直感
ユウマの《ノヴァ》から放たれた高出力ビームの一撃は、陽炎に歪む空間を鋭く引き裂いた。
俺は本能的に操縦桿を蹴り、アルテミス・レイを猛烈なバレルロールで回避させる。直撃こそ免れたものの、機体のすぐ側をかすめ去った光条の熱量が、外部アラートをけたたましく鳴り響かせた。
「相変わらず容赦のない銃撃だ……っ!」
電磁嵐が激しさを増す中、背後からはニコライのエイドロンと、宇宙仕様に生まれ変わったザンギエフのアイアン・ベア・サバイバーが、追撃してきたシンたちの足止めのために激しい乱戦へと突入していく。
だが、敵の総大将であるユウマは、俺との近接戦闘に移行するそぶりをまったく見せなかった。
《ノヴァ》のメインカメラが、不自然なほど細かく周囲の空間を、特にバヤールが目指すさらに先の「太陽の深部」へと向けられている。天才ゆえの直感か、あるいは機体の超高性能センサーが何かを捉えたのか。
『……なるほど。リーカス、君がこの自殺行為に等しい直進軌道を選んだ理由がついに分かったよ』
電磁ノイズの隙間を縫って、ユウマの冷徹な声が通信回線に割り込んできた。
『ただの逃走にしては航路が直線的すぎる。熱圏のさらに奥、太陽コロナの臨界点。そこに、既存のエネルギー概念を覆す未知の熱源反応があるね。バヤールの目的はその回収か』
「しまっ……!」
気づかれた。かつて一人の宇宙飛行士が命がけで見つけ出し、座標だけを残したエネルギーの存在に。
『そのエネルギーが君たちの手に渡れば、今後の戦局に不要なイレギュラーが生じる。……ならば、僕が先に抑えさせてもらうよ』
次の瞬間、《ノヴァ》の背部スラスターが爆発的な輝きを放った。耐熱コーティングを施された白い機体は、俺との戦闘を完全に放棄し、時速数万キロを超える圧倒的な加速で、太陽から残り500万キロの「臨界点」へと向かって一直線にカッ飛んでいったのだ。
「待て、ユウマ!!」
行かせるわけにはいかない。あれを連邦に、あの男の手に渡せば、アイの未来も、俺たちの命も完全に潰える。
「ボリス艦長、タチアナ! ユウマが先に気づいた! 俺はあいつを追う!」
『リーカス、無茶です! これ以上の加速は、アルテミス・レイの冷却システムが持たない!』
タチアナの悲痛な警告が響くが、俺はすでにスロットルレバーを限界のその先へと叩き込んでいた。純白の推進粒子がブーストの咆哮を上げ、機体が強烈なGで軋みを上げる。
窓の外は、すでに白炎の地獄だ。
1億キロ以上の距離をまたたく間に詰め、太陽のコロナが牙を剥く絶対防衛線へと、2つの光が吸い込まれていく。
前方を猛スピードで突き進むユウマの《ノヴァ》。
それを死に物狂いで追尾する、俺の《アルテミス・レイ》。
機体が溶けるのが先か、目的地へ到達するのが先か。電磁ノイズで計器が次々とブラックアウトしていく中、視界のすべてを焼き尽くす太陽の懐で、命をかけた超高速のレースバトルが始まった。
リーカスとユウマが超高速のデッドヒートへ突入し、その光が太陽の白炎の中へと消えていく。
その遥か後方、第1熱壁のノイズの嵐の中では、もう一つの熾烈な戦いが繰り広げられていた。
『ガハハハ!宇宙の勝手ってやつを、シベリアの流儀でねじ伏せてやる!』
『アイアン・ベア・サバイバー』のコックピット内で、ザンギエフは全
身に凄まじいGを受けながら、剥き出しのレバーを力任せに引いていた。
バヤールの予備パーツによって強引に増設されたスラスターは、確かに爆発的な推進力を生み出している。だが、三次元すべての方向に無限に広がる宇宙空間――上下もなければ、踏みしめる大地もないこの空間は、地上を這うゲリラとして生きてきたザンギエフにとって、あまりにも異質だった。
直進しようとすれば機体が慣性で流され、旋回しようとすれば姿勢制御スラスターが過剰に吹いて視界が回る。
そこへ、エイドロンの狙撃をかわし、ヒノモトの「悪魔」たちが容赦なく襲いかかった。
『うふふ、大柄なだけでガラ空きよ! 落ちちゃえ、熊さん!』
マキの操る桃色の電子戦機コノハナが、陽炎の向こうから滑るような滑らかな軌道で接近する。変幻自在の合体シールドマシンガンが火を吹き、無数の実弾がアイアン・ベアの重装甲を激しく叩いた。
さらにその死角、ノイズの隙間から、ゴウダ大佐の白紺の近接機タケミカヅチが、巨大なスラスターハンマーを振りかぶって肉薄する。
『ぬううりゃあああ! 宇宙戦のイロハも知らん素人が、戦場にのこのこと出てくるなァ!』
「チッ、チョコマカと……!」
ザンギエフは咄嗟に姿勢制御を試みたが、慣性に逆らいきれず、タケミカヅチのハンマーがアイアン・ベアの左肩をかすめた。凄まじい衝撃波がコックピットを襲い、増設された冷却バイパスからブシュウウと激しい火花が上がる。
『死神の連れにしては、随分と不器用な踊り子だな!』
ゴウダ大佐の嘲笑。
しかし、コックピットのモニターが異常値で真っ赤に染まる中、ザンギエフの顔から焦りは消えていた。むしろ、その無骨な顔に、野生の熊のような獰猛な笑みが戻る。
「ハッ、確かに宇宙の飛び方は知らん。……だがな、若造。兵器ってのは、最後に操縦者の『意志』が重い方が勝つんだよ!」
ザンギエフは操縦桿を逆に叩き込み、増設された大型プロペラントタンクの全エネルギーを、あえて「逆噴射」として一気に解放した。
ドゴォン!!
機体が壊れんばかりの急制動。慣性を強引に殺したアイアン・ベアの巨体が、迫りくるタケミカヅチの目の前でピタリと停止する。宇宙戦の常識ではあり得ない、機体寿命を削るような超強引な「ブレーキ」だった。
『なにっ!?』
ゴウダ大佐が目を見張る。突進の勢いのまま、タケミカヅチの体がアイアン・ベアの懐へと自ら飛び込む形になった。
「捕まえたぞ、ヒノモトのカスがッ!」
ザンギエフは満身創痍のアイアン・ベアの両腕を駆動させ、至近距離からタケミカヅチの強固なフレームを、その鋼鉄の剛腕でガシィッ! と鷲掴みにした。火花が互いの装甲をパチパチと灼く。
『バ、馬鹿な!? この質量を力任せに抑え込むか!?』
『ゴウダ大佐!? 嘘、引き剥がせない……!?』
離れた位置からマキが援護射撃を試みるが、二機が完全に密着しているため、味方への誤射を恐れて引き金が引けない。
「ニコライの坊主! 動けないように固定してやった! あのうるさい桃色の蜂コノハナを落とせ!!」
ザンギエフのバリトンボイスが通信回線に響き渡る。
その言葉に応じるように、ノイズの霧の向こうから、光学迷彩を剥ぎ取ったニコライの《エイドロン》の銃をマキの機体へと正確に向けた。
地上最強のゲリラは、宇宙のルールに従うつもりなど毛頭なかった。彼は、この白炎の世界を、己の力技で「シベリアの戦場」へと塗り替え始めていた。
「よくやった、熊親父ッ!」
ザンギエフが命がけで作り出した一瞬の勝機を、ニコライは見逃さなかった。
手負いの隠密機エイドロンが残された右腕のライフルを突き出し、射線上のマキの《コノハナ》を捉える。太陽フレアのノイズで照準器は使い物にならなかったが、今のニコライに必要なのは、長年の戦場で培った五感と執念だけだった。
至近距離から放たれた実弾が、コノハナの変幻自在シールドの結合部へ正確にめり込む。直撃の衝撃でマキの機体はバランスを崩し、ザンギエフたちへの追撃のラインが大きくブレた。
『キャッ!? もう、邪魔ばっかり……!』
マキの悲鳴が通信に混ざる。だが、捕えられたゴウダ大佐の《タケミカヅチ》もタダでは転ばない。
『舐めるなァッ! 掴んだのなら、そのままへし折ってくれるわ!』
タケミカヅチの脚部スラスターが逆方向に爆発的な光を放ち、アイアン・ベアの腕を強引に引き剥がそうと、至近距離での凄まじいパワーゲームが始まった。金属と金属が擦れ合い、太陽の熱に灼かれた装甲から火花が激しく飛び散る。宇宙戦のノウハウがないザンギエフは、推力のベクトルを制御しきれず、二機は激しく回転しながら熱圏の奥へと流されていく。
「ぐ、おおおおお! 重い、重いぞヒノモトの鉄屑がッ!」
ザンギエフは歯を食いしばり、レバーをへし折らんばかりに引き絞る。
イワンの突貫工事で強引に繋いだ冷却パイプはとうに限界を迎えており、コックピット内にはオイルの焦げる臭いと熱気が一気に充満していた。
『ザンギエフ氏、聞こえますか!』
通信に割り込んできたのは、バヤールのブリッジで戦況を凝視していたタチアナの声だ。
『その位置は危険です! あと数十秒で、あなたの右後方から大規模なプロミネンスの噴出が到達します。即座にその機体を切り離し、離脱しなさい!』
「断るッ! ここでこの大物を逃がしたら、死神の坊主リーカスの背中がガラ空きになる!」
ザンギエフは獰猛に笑い、さらに力を込めてタケミカヅチを締め上げる。
『正気か!? 巻き込まれれば、そちらの機体ごと融解するわ!』
「ハッ、シベリアの冬に比べれば、ちょっとばかり蒸し暑いだけだ! おい、若造! 地獄への道連れだ、一緒に最高のボルシチにでもなろうじゃねえか!」
『貴様、狂っているのかッ!?』
ゴウダ大佐の声に初めて焦りが混じる。
二機のすぐ後ろで、太陽の表面から数万キロに及ぶ巨大な炎の触手――プロミネンスが、音もなく、しかし圧倒的な質量をもって鎌首をもたげようとしていた。
命を捨ててでもユウマの足場を崩そうとする、泥臭くも狂暴な熊の意地。
戦場は、リーカスたちが向かった「残り数十キロ」の臨界点へと、さらに混沌を極めながら加速していく。




