18話逃避行
ザンギエフの重々しい告白によって、尋問室の空気は凍りついていた。
ユウマ・トード。すべてはその男の手のひらの上であり、ザンギエフたちゲリラすらも、俺たちのデータを引き出すための使い捨てのモルモットに過ぎなかったという事実。
俺が拳を強く握りしめ、その怒りを噛み殺そうとした――その瞬間だった。
ウゥゥゥゥン! ウゥゥゥゥン! ウゥゥゥゥン!
要塞の全区画に、耳を劈くような最高警戒レベルの緊急警報が鳴り響いた。赤色灯が狂ったように明滅し、尋問室のホログラムモニターに、要塞の外、遥か数キロメートル先からのエネルギー反応が映し出される。
「直撃が来るぞ! 衝撃に備えろッ!」
直後、凄まじい大震動が要塞の頑強な岩盤を内側から揺らし、天井のコンクリートから粉塵が激しく舞い散った。
外部カメラが捉えたのは、吹雪の向こう、安全圏である彼方の雪原に佇む漆黒の機体。シン・カザマ少佐の《ヤタガラス》だ。その手に握られた長大な狙撃ライフルから放たれるのは、エネルギー兵器のような残光が一切残らない、「実弾スナイパーライフル」。射撃位置を特定させない冷徹な長距離狙撃が、確実に要塞の外殻を削り取っていく。
「チッ、連邦のエリート様が、安全圏から派手に挨拶してくれやがるな……!」
ニコライは尋問室を真っ先に飛び出すと、まだ先ほどの戦闘による火花と油を滴らせている自身のエイドロンのコックピットへ滑り込んだ。フレームは歪み、出力も完全ではない。だが、彼は冷酷に笑いながら、操縦桿のスイッチを押し込んだ。
「死神殿、外の狙撃手は俺が止める。お前は要塞に近づく奴らをやれ」
エイドロンの装甲が周囲の吹雪と闇に溶け込み、完全に姿を消す。光学迷彩だ。ニコライは気配を完全に絶ったまま、大破した要塞の裂け目から静かに外へと這い出し、雪原の起伏を利用してヤタガラスの死角へと回り込む。狙うはカウンターの一撃。
だが、ヤタガラスのコックピットで、シンは手元の端末の数値を冷ややかに見つめていた。彼の機体には、エイドロンの冷式炉による隠密ジャミングすら強引にスキャンして暴く「対隠密センサー」が搭載されている。
「光学迷彩か、ソ連の遺物にしては上出来だが……このセンサーの前では無意味だ。捕捉率、98%」
ヤタガラスのセンサーが、虚無の空間に潜むエイドロンの輪郭を正確に捉えた。
ニコライが潜伏先から引き金を引くのと、シンの実弾ライフルが闇を切り裂くのは同時だった。
ドォォォンッ!!!
交差する銃撃。エイドロンの放った弾丸はヤタガラスの装甲を掠めて火花を散らしたが、シンの精密な狙撃はエイドロンの左腕を根元から無残に吹き飛ばした。光学迷彩が激しく明滅し、黒い機体が雪原に転がる。
「クソが、バケモノめ……! 隠密が完全に透かされてる……!」
機体の限界を悟ったニコライは、即座にスラスターを逆噴射。雪煙に紛れながら、大破した体を引きずって《バヤール》の格納庫へと一時撤退を余儀なくされた。
「ニコライ!」
エイドロンの危機を通信で知った俺は、《アルテミス・レイ》を駆って要塞の防壁を蹴り破った。背部から『エッジ・シャード』の銀色粒子を激しく撒き散らし、白銀の戦場へと躍り出る。
だが、行く手を阻むように、二つの強大な影が吹雪を割って迫り来た。
「見つけたわ、死神ちゃん! さあ、私の可愛いコノハナの網の中で、じわじわと鳴き声を上げて頂戴!」
マキ・ナガサワの桃色の機体だ。その傍らには、ずんぐりむっくりとした重装甲の随伴機(擬似機体)が2機、不気味に蠢いている。
次の瞬間、その2機のシールドが前面で強引に噛み合い、ガチリと一つの巨大な形を成した。「ギミック:シールド合体」。その真ん中から禍々しい大型のマシンガンが露出し、初見殺しの強力な砲火がアルテミス・レイに向けて猛烈に浴びせられる。
「くっ……!」
俺は咄嗟にエッジ・シャードを左腕に集約させ、シールドフォーメーションを展開して面制圧の弾幕を凌ぐ。だが、その防御を上空から強襲する、さらなる質量があった。
「おおおおおっ! ついに相まみえたな、死神! 貴様の首、このゴウダ・ゲンジのタケミカヅチが貰い受けるッ!!」
上空から襲いかかってきたのは、ゴウダの《タケミカヅチ》。その手には、巨大な「スラスター付きハンマー」が握られていた。
ゴウダがそれを振り下ろす直前、ハンマーに内蔵された推進器が爆発的に噴射され、狂気的な質量と加速がレイへと襲いかかる。アルテミス・レイの盾や複合装甲ごと「骨組みごと粉砕する」ような絶大なる一撃。
「ルナティクス……耐えてくれ!」
俺は大剣を両手で構え、スラスター噴射で加速されたハンマーの超強撃を、決死の覚悟で受け流しにかかった。
ガカァァァァァンッ!!!
凄まじい衝撃波が雪原を丸く吹き飛ばし、レイの腕部シリンダーが悲鳴を上げる。骨組みごと粉砕されかねない破壊力だったが、新システムの同調率100%がもたらす完璧な姿勢制御で、なんとか直撃の軌道を逸らす。
俺はそのままルナティクスを鋭く突き出し、引き戻されるハンマーの隙を突いてタケミカヅチの装甲を切り裂き、さらに反転してコノハナの合体シールドへとシャードの一斉突撃を敢行した。二名のエースの容赦ない固有武装を相手に、俺は一歩も退かない大立ち回りを演じていた。
しかし、戦況は最悪だった。
エース二名の背後からは、ヒノモト軍の優秀な精鋭部隊10機が、一糸乱れぬ連携で要塞の対空砲座を次々と沈めていく。防衛ラインは完全に崩壊しつつあった。
特務艦の艦橋で、ボリス艦長は激しく揺れる船体と次々に赤く染まっていく損害モニターを見つめ、固く拳を握りしめた。これ以上ここに留まれば、艦も、アイも、全員が全滅する。
「……ここまでだな。全機に通達! 本艦はこれより緊急発艦する! リーカス、ニコライ、ザンギエフの部下どもを収容し次第、最大戦速だ!」
「艦長、進路はどうしますか!?」
操舵手の叫びに、ボリスは血走った目をカッと見開き、前方のメインモニターを指差した。
「針路、太陽へ向かう直進軌道! 地球の重力圏を振り切り、あの燃え盛る恒星のフレアの陰に隠れるぞ! ヒノモトの追跡を焼き切るッ!」
「了解! バヤール、発艦!!」
重巡洋艦の主推進器が爆発的な輝きを放ち、要塞のドックを破壊しながら、巨大な船体が垂直に天へと突き進み始めた。
その頃、リーカスは、
「なにっ、発艦するのか!」
俺はコノハナとタケミカヅチを相手をする中に生まれた余裕を活かし、周囲を確認するとバヤールが空へ浮かんでいくのが発見した。
俺はスラスターを噴かし、2機から逃走、バヤールの縁を掴む。
レイとエイドロンが滑り込むように格納庫へ帰還すると同時に、ハッチが閉ざされる。
シベリアの雪原から、一つの光となって宇宙へと駆け上がっていく《バヤール》。
その猛烈な上昇気流を見上げながら、漆黒のコートの裾を揺らすユウマ・トードは、冷徹な瞳を僅かに細めた。
手元の端末に表示された、バヤールの加速データと予測進路。それは地球の防衛圏を完全に離脱し、過酷な熱地獄である太陽へと真っ直ぐに向かう狂気の航路を示していた。
「……どこへ向おうとしているんだ、リーカス」
ユウマは静かに呟き、胸の奥で渦巻く不快な計算に眉をひそめた。
「僕から逃げ切れるとでも思っているのか。面白い……どこまでその命が持つか、試させてもらおう」




