17話三人の凶星
要塞を揺るがした激戦が幕を閉じ、シベリアの凍土には再び静寂が戻りつつあった。
鹵獲された《アイアン・ベア》とザンギエフは、要塞の格納庫からボリス艦長らの手によって、彼らの母艦へと極秘裏に移送された。
ザンギエフは母艦を見上げ、両手首に電磁拘束具を嵌められたまま、不揃いな犬歯を覗かせてフンと鼻を鳴らした。
「《バヤール》……。ヒノモトの追跡をあの大気圏突入で振り切った執念の艦が、まさかこんな旧ソ連の遺物のような奴だったとはな。ボリスの化け物め、大した操艦技術だ」
中世の騎士が乗る駿馬の名を冠した《バヤール》の最深部、冷たい鉄格子に囲まれた尋問室。
机を挟んでザンギエフの前に座ったのは、リーカスだった。隣には、相変わらず気怠げに壁に寄りかかりながらナイフの手入れをしているニコライがいる。
「さて、ザンギエフ。約束通り、お前の部下たちの命は保証した。治療も受けさせている。……次は、お前が話す番だ」
俺の言葉に、ザンギエフは深く、地鳴りのようなため息を吐き出して背もたれに体重を預けた。
「……フン、『不朽の死神』か。お前らの命を狙わせたのは、月面軌道上のアメノトリフネにいるヒノモトの坊主のユウマ・トードだ。あいつは俺たちに物資と軍のデータをチラつかせ、お前たちを確実に仕留めろと命じてきた。だが……今思えば、俺たちは最初からただの『モルモット』だったんだろうよ」
「モルモット?」
俺が眉をひそめると、ニコライが冷たい視線をザンギエフに向けた。
「お前たちの戦闘データを集めるため、あるいはこの要塞の防衛能力を測るためのな。あの坊主、最初から俺たちが勝つとは思っていねえ。俺たちが死ねばそれでいいし、もしお前らを削れれば儲けもの……そういう冷徹な計算の上の『投資』だったのさ」
ザンギエフの言葉に、尋問室の空気が一段と凍りつく。
ユウマ・トード。月面で俺をバラバラに追い詰め、今また地球にまでその呪縛を伸ばしてきている男。やはり、この襲撃の裏で糸を引いていたのはあいつだったのだ。
「……なるほどな」
ニコライが忌々しげに吐き捨てる。俺は拳を強く握りしめた。あいつの冷徹な笑みが、再び脳裏に蘇る。
だが、俺たちがその「罠」の全貌を暴こうとしていた、まさにその時。
遥か上空の宇宙空間から、真の絶望がその巨大な影を落とそうとしていた。
シベリアの上空、衛星軌道上。
そこに突如として姿を現したのは、ヒノモト軍が誇る超大型強襲揚陸艦だった。雲海を見下ろすその巨大な船体から、大気圏突入用のカプセル群が一斉に射出される。
激しい摩擦熱で真っ赤に燃え上がりながらシベリアの雪原へと着陸したカプセルから、激しい蒸気とともにハッチが跳ね上がった。
ザザッ……、と雪を踏みしめる音が響く。
最初に降り立ってきたのは、ユウマ・トードだ。冷徹な目を白銀の荒野へと向け、不敵な笑みを浮かべる。
「ふむ……これが地球の空気か。ひどく寒くて、泥臭いな」
ユウマが手袋をはめた手で口元を覆うと、彼の背後からさらに三人のエースパイロット、そして彼らに付き従う十人の精鋭部隊が姿を現した。
「やれやれ。確率論から言えば、この酷寒の環境下での戦闘は機体稼働率を12%低下させる。スマートではないね」
手元の端末を操作し、眼鏡の奥の目で周囲のデータを冷淡に弾き出すのは、シン・カザマ少佐。
「あら、良いじゃないシン。不確定要素が多い方が、あの『死神』をいたぶる時の愉しみが増すというものよ。脆弱な肉が恐怖で歪む顔、早く特等席で見たいわねぇ」
桃色のパイロットスーツに身を包み、サディスティックな笑みを浮かべてクスクスと笑うのは、マキ・ナガサワ大尉。
「はっはっは! 二人とも相変わらずだな! 確率も小細工も関係ない。相手は連邦の『不朽の死神』と、ソ連の『亡霊』だ。これ以上の強者は地球上を探しても早々おらん。腕が鳴るというものよ!」
豪快な笑い声を響かせ、巨大な体躯を震わせながら雪原を踏みしめるのは、ゴウダ・ゲンジ大佐だ。
その三人の背後では、エースたちに比べれば一歩劣るものの、ヒノモト軍の中で過酷な訓練を勝ち抜いてきた十人の精鋭部隊が、一糸乱れぬ動きで周囲の警戒にあたっていた。彼らの放つ統率された殺気が、周囲の吹雪すら切り裂くかのように張り詰めている。
ユウマは静かに一歩前に歩み出た。彼の視線の先、雪原の向こうには、リーカスたちの潜むソ連軍要塞の巨大な影がうっすらと見えていた。
「さあ、お遊びはここまでだ。ザンギエフという猟犬では、やはり『死神』の本当の価値は測りきれなかった。……今度こそ、僕たちが直接、彼の首を毟り取りに行こうか」
ユウマの冷酷な号令とともに、三人組と十人の精鋭たちは一瞬でプロの表情へと戻り、猛吹雪の闇へと溶けるように動き出す。
超大型強襲揚陸艦を呼び寄せ、自ら前線に降り立ったユウマ。強化されたアルテミス・レイを待っていたのは、束の間の休息すら許さない、本物の悪魔たちの襲来だった。




