16話銀翼の覚醒
ルナティクスと赤熱したトマホークが激突し、通路全体に激しい火花が吹き荒れる。
アルテミシウム炉の出力を上げても、アイアン・ベアの規格外な重量フレームが生み出す純粋な質量と馬力には抗いきれない。ジリジリと強引に押し戻され、強烈な一撃でレイの巨体が後方へと弾かれた。
バランスを崩したこちらの死角へ、すかさずガトリングガンが向けられる。
(バラバラにされる……!?)
脳裏をよぎる死への恐怖。だが、俺の背後には動けないニコライが、そして要塞の奥にはアイがいる。ここで引くわけにはいかない。
「死なせるわけにはいかないんだ……!」
その叫びと同時に、俺の脳波に呼応した『エッジ・シャード』が完全に同調した。
レイの背部から結合ロックを解除された複数の鋭利な刃が、意志を持つかのように一斉に空中へと飛び出す。眩い光の粒子を放ちながら、それぞれが独立した推進音を響かせて空間を高速旋回する。幾重もの銀の軌跡を描く、完全な自律飛行兵器の群れだ。
銀色の光の粒子が通路を埋め尽くす中、アルテミス・レイは一瞬で加速した。背部から噴き出す『エッジ・シャード』の光翼が、狭い空間を天使の奔流のように切り裂く。旧式の重装甲機とは根本的に異なる、軽快かつ圧倒的な機動性。
「オモチャ……か? 笑わせるな、熊野郎!」
俺はルナティクスを構え、エッジ・シャードの一部を左腕へ盾の形にフォーメーション展開させながら突進。ザンギエフの振り下ろした超大型ヒートトマホークを、ギリギリの角度で受け流した。火花が散り、衝撃がコックピットを震わせるが、レイの姿勢は微動だにしない。新システムの同調率100%がもたらす、完璧な力の伝導だった。
「ぐおっ……!」
アイアン・ベアの巨体がわずかによろめく。ザンギエフは即座に反撃に移り、ガトリングを乱射しようとするが、変幻自在に空間を跳ね回る無数のシャードを捉えきれない。
「遅い」
思考の速度で動くエッジ・シャードのうち三基が、弾丸のような超高速で突進。交差する銀の刃が、アイアン・ベアの左腕の給弾ベルトと銃身を文字通り「切り刻む」ように一瞬で切断した。さらに残りのシャードが、まるで獲物を取り囲む檻のように全方位へ展開する。
「おのれぇッ!」
ザンギエフが叫ぶ中、俺は一気に間合いを詰め、ルナティクスの刀身をアイアン・ベアの右肩関節へ叩き込む。爆発的な斬撃が、重厚な装甲を深く抉った。
ザンギエフの怒声とともに、200mm滑腔砲オガリが至近距離で咆哮を上げた。だが、俺は既に予測済み。光翼を最大展開し、機体を強引に跳ね上げて直撃を回避。砲弾は通路の天井を吹き飛ばし、瓦礫が雪崩のように降り注ぐ。
その隙に、俺はレイの左手を伸ばした。エッジ・シャードの粒子を凝縮させた。銀色の光の鎖がアイアン・ベアの右腕と滑腔砲を絡め取り、完全に動きを封じる。
「くっ……この光は……!」
「イワン! 今だ!」
通信越しに叫ぶと、格納庫のコンソールに飛びついたイワンの慌ただしい声が返ってきた。
「了解! 電磁パルス・ネット、射出ッ!」
要塞の残存防衛システムが起動。通路の壁面から特殊な電磁ネットが複数射出され、アイアン・ベアの巨体を包み込んだ。完全に無防備な状態で浴びせられた高出力パルスは、旧式炉の出力を急激に低下させ、アイアン・ベアの巨体が片膝をつく。オガリの砲口が垂れ下がり、ヒートトマホークも床に落ちて赤熱した刃が冷えていく。
「俺は……まだ……!」
コックピットの中でザンギエフが歯を食いしばるのが、モニター越しに伝わってくる。血走った目、握りしめられた操縦桿。復讐と家族を守る執念が、鉄の塊を通じて痛いほど感じられた。
俺はレイをゆっくりと近づけ、大剣の先端をアイアン・ベアの胸部装甲に突きつけた。
「……降伏しろ、ザンギエフ。俺はお前を殺さない。部下たちも、可能な限り生け捕りにする」
「ふざけるな……! 猟犬に、情けをかけられる筋合いはない……!」
「俺はヒノモトの人間じゃない。国家の都合で使い捨てられたのは、俺も同じだ。……だが、ただ憎しみで突っ走って、残された『家族』まで道連れにするのか?」
出撃される前に襲撃の相手の情報を聞かされた俺はそれを利用し、ザンギエフをさとした。
その言葉に、ザンギエフの動きが止まった。モニターに映る彼の顔に、初めて激しい迷いの色が浮かぶ。妻と娘の記憶、若い部下たちの機体、そして雪原で生き延びるための苦渋の日々。
「……俺の部下たちを、殺すな」
「約束する。治療も、保護もする」
長い沈黙の後、ザンギエフは重い溜息とともに両手を上げた。アイアン・ベアの全兵装がオフラインになる。
ハッチがゆっくりと開き、無骨な巨漢がコックピットから降りてきた。
損傷した体を引きずりながらエイドロンが近づいてくる。ニコライが通信で、いつものように気怠げな声を響かせた。
「死神殿、相変わらず甘いなあ。……まあ、いい。こいつの機体と情報は、十分に価値がある」
こうして、シベリアン・アイアンの猛攻は終わりを告げた。
ザンギエフは鹵獲され、彼の部下たちも可能な限り生かされた。極寒の地で生きるための新たな道が、ここから始まるのかもしれない。俺はコックピットの中で、静かに目を閉じた。背後の光翼が、ゆっくりと収束していく。
(これで……少しは、救えるか)
要塞に、再び重い静寂が戻った。




