14話鉄の野獣、檻を破る
ユウマとの通信が切れた部屋には、再び重苦しい静寂が戻ってきた。
ザンギエフはしばらくの間、拳を握りしめたまま動かなかったが、やがて深く、地響きのようなため息を吐き出すと、ゆっくりと立ち上がった。
向かったのは、アジトのさらに奥深くにある、天井の低い剥き出しの格納庫だ。
白熱灯の薄暗い光に照らされ、そこに鎮座していたのは、油の匂いと硝煙の記憶を纏った、あまりにも無骨な鉄の塊だった。
ザンギエフ専用機:《アイアン・ベア》
かつてソ連軍の栄光ある重装甲部隊で、前線突破の要として運用されていた旧世代の重量級機体。退役し、スクラップとされるはずだったフレームをザンギエフが力技で回収し、ジャンクパーツで徹底的にカスタムし直したモンスターマシンだ。
眩い光の粒子を放つ『アルテミス』のような優雅さは微塵もない。
城壁のように厚く荒々しい「複合積層装甲」が全身を覆い、強引に増設された剥き出しのシリンダーや高圧パイプが、機体の歪な生命力を主張している。
動力源はアルテミシウム炉ではなく、規格外の大型核融合炉と、ディーゼル補助ジェネレーターのハイブリッド。
起動すれば、鋭い高音ではなく、腹の底を揺さぶるような重低音が地響きとなって鳴り響く。
ザンギエフは、愛機の足元に転がっていた空の薬莢を無造作に蹴り飛ばし、その錆びついた装甲を見上げた。
「うう……すまねえ、お前たち。俺が無能なばかりに、また無駄な血を流させちまった」
戻らなかった素人の部下たちの顔が、かつて失った家族の面影と重なり、胸の奥を激しく掻きむしる。
これ以上、自分の「家族」を失うわけにはいかない。だが、この極寒の地で残された者たちを生かすためには、今はどんな汚泥に塗れてでも、あの連邦の小僧から差し出された資金と物資を毟り取るしかなかった。
「リーカス・ソノダ……『不朽の死神』か」
ザンギエフは《アイアン・ベア》の操縦席へ繋がる無骨なラダーに手をかけた。
ザンギエフは、アジトに残っていた、まだ年若いゲリラたちを見回した。彼らの瞳には恐怖が宿っていたが、同時にザンギエフへの絶対的な信頼の光も消えてはいなかった。
これ以上、この極寒の地で待ち伏せをして時間を浪費するわけにはいかない。ユウマのタイムリミットが迫る中、リーカスの機体が完全に修復されれば、自分たちのような素人集団に勝ち目は完全になくなる。
「一度要塞へ逃げ帰ったからと安心している奴らの不意を突く。……おい野郎ども! 全員、出撃の準備をしろ! 搦め手はなしだ、全勢力であの基地へ直接強襲をかけるッ!!」
「「おおおおおっ!!」」
アジトが地鳴りのような怒号に包まれる。
ザンギエフは《アイアン・ベア》のコックピットへ飛び乗り、ハッチを乱暴に閉めた。
起動レバーを引くと、旧式ハイブリッド炉が爆発的な重低音を響かせ、重厚な装甲が激しく震動する。
アルテミシウムのような優雅な光などない。ただ、油を滴らせ、黒い煙を吐き出す鉄の野獣が、暗闇の中で完全に目を覚ました。
「防衛網の隙間はすべて頭に入っている……。一気に中枢まで踏み込み、死神の首をへし折ってやる!」
拠点の巨大な岩壁が開き、ザンギエフの《アイアン・ベア》を先頭に、シベリアン・アイアンの全戦力が吹雪の吹き荒れる白銀の荒野へと出撃していく。すべてを奪った国家への復讐と、残された「家族」を守り抜くという狂気じみた執念を乗せて、彼らはソ連軍の要塞へと真っ直ぐに牙を剥いた。




