12話繋いだ手と、迫るテロリスト
大気圏突入へのカウントダウンが始まる中、艦の格納庫は独特の重い静寂に包まれていた。摩擦熱で船体が微かに軋む音が響く。
俺はパイロットシートから降り、壁際で小さくなっていたアイの元へと歩み寄った。月面ドックでの激戦、そして今まさに始まろうとしている地球への強行降下。まだ幼い彼女に背負わせるには、あまりにも過酷すぎる現実だ。
「……すまない、アイ」
俺はアイの前に膝をつき、その怯えたような瞳を真っ直ぐに見つめて、声を絞り出した。
「元はといえばお前を保護して、軍基地へ連れて行ったことがこんな結果に繋がってるんだが。」
自分の選択がアイを戦火に巻き込む引き金になってしまった。その悔恨が、言葉となって口をついて出る。連邦を裏切り、他国へ亡命し、今度は大気圏突入という命懸けの賭けにまで付き合わせている。
だが、アイは小さく首を横に振ると、俺の手を両手できゅっと握りしめた。その手は少し震えていたが、瞳の奥には確かな光があった。
「ううん、謝らないで、リーカスおじさん。私は……感謝してるの」
「感謝、だと?」
「だってあのまま路地にいたら私きっと飢え死にしてたもん。それに危険かもしれないけど、おじさんと一緒にいられるのが、私はすごく嬉しいんだよ」
真っ直ぐな感謝の言葉。あの時、すべてを敵に回してでもアイの手を取った俺の選択は、決して間違っていなかった。その純粋な言葉が、俺の胸の奥に深く染み渡っていく。
隣でナイフの手入れをしていたニコライが、フンと鼻を鳴らした。
「ケッ、甘っちょろいこと言いやがって。死神殿、ガキに泣き言を言わせないくらいには、その大剣をしっかり振るうんだな」
「……空気読めよ」
俺はアイの手を握り返し、静かに青い地球を見つめた。あの国を捨てたその日から、俺たちの未来は、この手で掴み取るしかないのだ。
同じ頃、月面軌道上に展開する、ヒノモト軍の超大型強襲揚陸艦。
その厳かな作戦指令室のホログラムモニターには、ソ連軍巡洋艦が地球の大気圏へ突入していく予測進路が鮮明に映し出されていた。
腕を組み、冷徹な眼光でその光点を見つめるのは、白銀の愛機とともにヒノモト軍へ「リーカス捕獲の全権」を持って出向してきた男、ユウマ・トードだ。
「リーカス……あの基地から少女を連れて逃げたか。だが、ソ連の懐に逃げ込もうとも、新時代にお前という過去の遺物は連れていけない。ヒノモトを裏切った代償は、払ってもらう」
ユウマが静かに呟いたその時、自動ドアが開き、三人の足音が静まり返った部屋に響いた。
「おやおや、連邦の若き天才様が、随分と険しいお顔をされているね。確率論から言えば、そんな顔をしても『死神』の捕獲率は1%も上がらないよ?」
最初に口を開いたのは、漆黒のカスタム機を操る若きエリート、シン・カザマ少佐だ。常に手元の端末で戦況の確率を計算している男。
「ふん、シン。そんなデータばかり見て何になる。要は奴らを徹底的に包囲し、私のコノハナの網で圧殺すればいいだけのこと。人間なんて、所詮は脆弱な肉に過ぎないのだから」
シンの後ろから、不敵な笑みを浮かべて歩み寄るのは、桃色の電子戦機のパイロット、マキ・ナガサワ。その目は、獲物をいたぶるサディスティックな光を宿している。
「はっはっは! 二人とも、御高説はそこまでにしておけ。連邦の『不朽の死神』と、ソ連の『亡霊』だぞ? 小細工が通じる相手ではないことは明白だろう」
最後に豪快な笑い声を響かせながら現れたのは、巨大な体躯を持つ老錬の武人、ゴウダ・ゲンジ大佐。近接機を駆り、戦場での「強者との果たし合い」にのみ命を燃やす男だ。
ユウマは振り返り、集結した三人を見据えた。
「シン少佐、マキ大尉、ゴウダ大佐。揃ったね。だがすまない。まだ君たちの活躍は先になりそうだ。実はソ連には便利なテロ組織があってね。」
「「え?」」
シンとマキが怪訝そうに眉をひそめる。それを意に介さず、ユウマは静かに通信端末を取り上げ、ある暗号回線へと接続した。
「あいよ、誰だテメェは?」
「ふふ、実はいい話があってね。」
すべてはリーカスを完全に追い詰めるための布石。
彼の冷徹な策略とともに、戦火は再び地球へと降り注ごうとしていた。




