11話地球降下進路
そうボリスが言った時だった。
「敵襲ッ! 敵襲ッ!! ヒノモトの急襲部隊だッ!!」
格納庫に鳴り響くけたたましい赤色灯とサイレン。ボリス艦長が即座に通信機に怒声を飛ばす。
「馬鹿な、もう見つかったのか!? 総員、第一種戦闘配置! 迎撃部隊、急げ!」
モニターに映し出されたのは、ドックの防壁を強引に爆破し、文字通り「面」で押し寄せてくるヒノモト軍の量産機の凄まじい数の大群だった。バロウズからの情報が流れたのか、あるいは最初から網を張られていたのか。防衛線は一瞬で崩壊しかけていた。
「おいおいおい、まだ点検の半分も終わってねえぞ! 動かすんじゃねえ、死神!」
工具を投げ捨てて怒鳴るイワンを無視し、俺はアルテミス・レイのコックピットへ飛び乗った。
「背に腹は変えられない! ボリス艦長、このまま出撃する!」
『許可する! 生き残れよ、リーカス!』
その時だった。
「待って!」
格納庫の医療区画から、白衣を翻しながらレミナが駆け寄ってきた。
「装甲も整備も万全じゃないのよ! 無理は絶対にしないで!」
彼女はコックピットを見上げ、いつもの穏やかな笑みではなく、不安を隠しきれない表情を浮かべていた。
「リーカスさん……あなたは一人の身体じゃない。アイちゃんが帰りを待ってるんだから」
後ろではアイも心配そうに俺を見つめている。
「おじさん……」
俺は短く頷いた。
「ああ。約束したからな。必ず帰る」
「……ええ。その約束、ちゃんと守ってください」
レミナは胸元の救急ポーチをぎゅっと握りしめ、小さく微笑んだ。
「私は帰ってきた皆さんを治すことしかできません。だから……必ず帰ってきて」
その言葉を背に、俺は操縦桿を握り直した。
ハッチが開き、未完成の白い機体が月面へと飛び出す。だが、目の前にはすでに十数機のヒノモト機が銃口を向けていた。装甲が万全ではない今、一斉掃射を喰らえばひとたまりもない。
(しまっ――)
激しい衝撃を覚悟したその瞬間、はるか後方の暗闇から、一条の青白い光が閃いた。
その瞬間、先頭の敵機が、コックピットを一撃で撃ち抜かれ爆散する。
『おい死神、ボサッとするな。お前は俺の盾だ。真っ先に落ちる気か?』
通信回線から聞こえたのは、ニコライの冷徹な声だった。
崖の上に陣取る彼の愛機、冷式核アルテミシウム炉を宿した黒い隠密機エイドロンが、ビームライフル《ヘカテー》を構え、次々と大和機の急所を精密にブチ抜いていく。
「ニコライ……! 助かる!」
『勘違いするな……艦長の命令だ。お前は前に出てヘイトを引け。背後は俺がすべて消してやる』
「了解だ!」
ニコライの超長距離狙撃が敵の連携を乱す。その隙を突き、俺はアルテミス・レイの推進力を爆発させた。大剣を引き抜き、殺到する敵の群れへと突撃する。
装甲が薄いなら、当たらなければいい。
一閃。ニコライの射撃を避けようと動いた敵機の懐に潜り込み、胴体を真っ二つに切り裂く。
すぐさま別の敵機が俺の死角から迫るが、
『遅い』
いつの間にか高倍率の《ヘカテー》を背部にマウントし、超高速で間合いを詰めていたニコライのエイドロンが横から割り込んだ。手にした高周波ナイフ《サイレンス》が不気味に輝き、敵機の首元を一瞬で切断する。さらに、もう片方の手に握られたビームピストル《ネメシス》が火を噴き、周囲の敵のセンサー頭部を正確に破壊していった。
死神の大剣が場を荒らし、幻影のナイフとピストルが確実に息の根を止める。
初共闘とは思えない、恐るべき噛み合い方だった。
だが、敵の数は文字通り「大量」だ。地平線の彼方から、さらに第二波、第三波の光点が迫ってくる。
『リーカス、ニコライ、それ以上は持ちこたえられん! 強行脱出する、我が艦の後に続け!』
ボリス艦長の駆る巡洋艦が、対空砲火を撒き散らしながらドックから急浮上してきた。タチアナやイワンやアイ、そしてレミナもすでに艦内へ退避している。
「ニコライ、撤退するぞ!」
『チッ……数だけは一丁前だな』
エイドロンが《ネメシス》を連射しながら後退し、レイがその前面に立って大剣の広い刀身を盾にして敵の銃撃を防ぐ。
俺たちは猛烈な弾幕を潜り抜け、ボリス艦長の巡洋艦の格納庫へと滑り込んだ。
ハッチが閉まると同時に、巡洋艦は月面の重力を振り切り、限界出力で加速する。
激しい戦闘の余韻が残る格納庫。
機体が停止するとほぼ同時に、レミナが医療スタッフを引き連れて駆け寄ってきた。
「リーカスさん! ニコライ少佐!」
開きかけたコックピットのハッチを見上げ、二人が自力で立ち上がる姿を確認すると、ようやく安堵したように息を吐いた。
「……もう、本当に心臓に悪い人たち」
呆れたように笑いながらも、その瞳には安堵の色が滲んでいる。
ニコライは肩をすくめた。
「大げさだ。かすり傷だ」
「その『かすり傷』で倒れた兵士を何人も見てきました」
レミナは有無を言わせずニコライの腕を掴む。
「医務室です」
「……チッ」
珍しく素直に引っ張られていくニコライを見て、イワンが腹を抱えて笑う。
「ハハハ! 狙撃の鬼も先生には勝てねえな!」
「イワンさんもです」
「……え?」
「さっき飛んできた破片で左腕を切ってますよね」
「いや、これは――」
「医務室」
「……はい」
筋骨隆々の整備士まで素直になった光景に、格納庫の空気が一気に和らぐ。
アイは思わず吹き出した。
「ふふっ……レミナ先生って、お母さんみたい」
レミナは少し照れくさそうに笑い、アイの頭を優しく撫でた。
「そう言ってもらえるなら嬉しいわ。でもね、心配するのが私の仕事なの」
「みんな、ちゃんと帰ってきてくれた。それだけで十分よ」
その母親のような一言に、戦いの緊張で張り詰めていた格納庫には、久しぶりに穏やかな空気が戻っていた。
そこへ、ブリッジからボリス艦長の声が響く。
『両名、無事で何よりだ。……だが、月面のドックを失った以上、このまま太陽へ向かうのは自殺行為だ。アルテミス・レイの点検も中途半端だからな』
「艦長、これからどうするんだ?」
『一度、地球へ降下する。ヒノモトや連邦の目が届かないソ連の地上の拠点で、物資の補給とレイの完全改修を行う。……ここから先は、大気圏突入だ。衝撃に備えろ』
メインモニターに、暗黒の宇宙に浮かぶ巨大な蒼い星、地球の姿が映し出された。
連邦を捨て、月面を追われ、俺たちはついに、すべての始まりの地である地球へと向かう。
俺は艦の自室でアイの肩を抱き寄せ、静かに青い地球を見つめていた。




