第二話 影丸
火が上がった。
京の空が、赤く染まる。
「……本能寺か」
影丸は、わずかに目を細めた。
その報せは、あまりにも突然だった。
主が討たれた。
天下を目前にした男が、たった一夜で消えた。
ならば――次は誰か。
答えは一つしかない。
徳川家康。
「動くぞ」
その時だった。
気配が一つ。
風もないのに、草が揺れる。
影丸は、振り向かずに言った。
「……甲賀か」
返事はない。
だが、確かに“何か”がいた。
気配が、もう一つ。
影丸の背後に、音もなく立つ影。
「……遅い」
振り向かぬまま、影丸は言った。
「気配、消しきれてないよ」
小さく笑う声。
お凛だった。
「敵は?」
短く問う。
お凛は周囲を確かめるように視線を巡らせ、影丸の耳元に囁いた。
「本能寺の周りに――水色の桔梗紋」
一瞬、風が止まる。
「……明智か」
影丸の声が、わずかに低くなる。
あの紋を掲げる者は、一人しかいない。
「確かだな」
「間違いない」
迷いのない返答だった。
影丸は、わずかに間を置き、決断する。
「俺は戻る。半蔵様へ報せる」
そして、続けた。
「お凛。敵の数と配置、洗え」
「了解」
すぐに応じる声。
だが、その後――
わずかに沈黙が落ちた。
「……影丸」
「なんだ」
「気を付けて」
珍しく、柔らかい声音だった。
影丸は答えない。
ただ一歩、踏み出そうとして――
「もう一つ」
お凛が言った。
空気が変わる。
「甲賀の動きが、変」
影丸の足が止まる。
「どういう意味だ」
ゆっくりと振り返る。
お凛の表情は、すでに“任務の顔”だった。
「さっき見た」
「誰を」
一瞬の間。
そして――
「猿飛佐助」
名を聞いた瞬間、空気が張り詰める。
あの男が動く時、何かが起きる。
「……確かか」
「見間違えると思う?」
影丸は、静かに息を吐いた。
本能寺。明智。
そして――甲賀。
「面倒なことになったな」
誰にともなく呟き、影丸は闇に消える。
残されたお凛もまた、逆の闇へと溶けていった。
その夜、歴史は大きく動く。
だが――
それを支える影の存在を、知る




