18.彩天――城
城は峯城、あるいは彩天とも朱天とも呼ばれる。朱がこの国では最も高貴な色であり、城ではそれが随所に現れていた。
まずは上門にそれを見ることができる。美しい漆塗りのそれを、千璃は車の窓から遼灯の指に示されて見上げた。
彩天の名は、庭を指したものかもしれない。常に視界のどこかに、決して途切れず花木の姿が映る。瑞々しい緑。伸び伸びと開く花。建物の廊下を進もうと、小さな庭がそこここに在った。
今も橋廊を渡る千璃のすぐ横で、見たことのない花が揺れている。五弁の花びらは椿にも似ているが、もっと儚い印象だった。
光沢のある白銀が微かな風にもあおられている。もう初夏、椿の季節でもなかった。知らないものばかり見ている、と千璃は思う。知らない世界がここにある。
王は硝雲宮でお待ちです。女官の言葉を受けて、遼灯は嫌な顔をした。そして問うには、
「飛んでっちゃだめ?」
「ではお一人でお先に」
「千璃くらいなら運べるんだけど」
「千璃さまには道々にご覧いただきたいものもございます」
付き合うか、と遼灯はため息と共に言った。千璃は小さく肯く。もとよりなにが待っているのかはわからず、遼灯に運ばれるというのは多少、怖い気がした。できるなら別の機会にと思うくらいには。
ご覧いただきたいもの、にも身構えたが、先導する女官――麗春と名乗った――は調度や花木を示しただけだった。
画師や職人、庭設えについての説明をする。客にするようにしているのだろうと千璃は思い、麗春の笑顔に少し心を楽にした。ただ時折挿まれる、ここに暮らすものに向けた話しぶりには曖昧な応えとなる。
千璃さまのお好みの花を揃えましょうなどと、どうぞこのままで、と笑うよりない。さまと称することもやめて欲しかったが、言い立てるわけにもいかない。
衣に着られている自分よりも、麗春の方がよほど高貴に見えるのだけれどと思いつつ。歩き方、手振り一つからして美しい。笑顔で遼灯を従わせたことからしても、それなりの立場が窺える。
千璃はふと、自分の世話をしてくれていた女人を思った。國観の城勤めの人間であったのか、それとも昂鷲の一行の者であったのか。子どもを預けたことを思えば後者かもしれない。
この城のどこかに居るのかもしれない。会えるだろうか。
記憶はだんだんと甦って来るようだ。昂鷲に近づくに連れ? 戯れる自分たちを笑顔で見ていた武官の男も、やはりこの城に?
……昂鷲さまは、お変わりになられただろうか? ――十年。
自分は?
「どうぞ」
言って麗春は横に退いた。
弾かれたように顔を上げた千璃に、花のような笑顔を向ける。
「奥が硝雲宮でございます。私はここまでに」
白い手が指し示した細道の両側には、盛りと芙蓉が咲いていた。白緋の花は八重に巻き、重そうに首を傾けている。芳香、葉の緑に陽光が眩しい。花で造られた道は緩やかに曲がり、先を見通すことはできなかった。
息をのみ、千璃は一歩を踏み出した。夢の中のように茫と弛んだ視界に、色はとても鮮やかだ。履の下で玉砂利が立てる音を聞く。音も。
「どこまでおまえが一緒なんだ?」
聞こえた声は低く響いた。先を行く遼灯が言い返す。
「だっておまえ、雲嶺で待つったって、千璃が一人で来れるわけねーじゃん」
「女官に案内させれば良いだろう」
「麗春が連れてきてくれた。それに覗いている奴が多すぎて迷子にもなれねーや。この城、こんなに人が居たか? ってくらい。みんな暇だねー」
「まったく。雲嶺にした意味がないな。人を払いつつ、おまえも払われろ」
「えーっ?」
「おまえはさんざん遊びに出ただろう。引き換え俺は、城を動かず辛抱強く待ち続けていたんだ。この辺りで報われてしかるべきであるとは、おまえは思いもしないんだろうが」
「うん。それを比べる意味があんのか? って思ってる。王のおまえの仕事だろ?」
「御尤もだ、遼灯。それぞれ役目を果たすことこそ正しい。ではおまえはおまえの仕事があるな」
しばし対峙の後、肩をすくめて遼灯は言った。
「命令じゃしょうがない。ごめんな、千璃。おっさん、聞き分けがなくてさぁ。片付けたらすぐに戻ってくるから、それまで無事で」
「えぇっ、遼灯そんな」
「じょーだん、喰われやしないって」
すれ違いながら千璃の腕をつかみ、遼灯はぐっと力を込めた。
「言いたいこと言えよ」




