16.花泉3
「琉衣、あたしは」
こちらはこちらで困った声だった。
「あたしはまだその話は……」
「そんなに王のことばかり考えているのに? まさか卓丞さまを選んだりするの?」
琉衣は可笑しそうに笑い出した。千璃は途方に暮れたような顔で、それを見返す。
卓丞。その名ははるかな過去のものに聞こえた。自分とは関わりのないもののように聞こえすらする。入れ替わりに王の名が、いやそれよりもずっと確かな強さを持って身のうちに感じられるのだ。
――王のことばかりを考えている
琉衣は正しい。千璃は頬に血が集まるのを感じた。お顔を、思い出してしまえば、……今度は頭から離
れない。
「それはもう……申し訳ないと思うけれど、ない、と思う」
「王を選ぶのね?」
「そう……なるのかな……。でも、でもね考えたんだけど。どうしていきなり妃、なんて話になるのかしら。お礼もお伝えしたいし、会っていただけるのは嬉しいけれど――」
「王だからもの知らずでねー。他に思いつかなかったんだろ」
「……そういう、問題?」
「だーから、そういう奴なんだって。言ったとおり。最近やっと時間ができたから、そいじゃ迎えに行きますかとね。言葉のまんま。時期としては最悪になっちゃったのは、あいつの行いの悪さだよな。どうも大雑把で適当なところがある、と言うよりそれが主たる性質か。でもさそんな奴だけど」
にやりと笑う。
「約束は守るだろ?」
千璃は頬を染めた。遼灯は細かに知っている。王と親しいのか? と千璃は訊ねたことがあったが、今では相当に近しいことがわかってきた。
「ついでに言えば、千璃の迷惑には思い当たっていない。普通なら考えるだろ、手紙を受け取った相手の反応とか想像するじゃん。今となっては惑わすばかりだとか考えて外から探りを入れたって良かったのに、それ、なしね。いきなり言いたいことだけを言う」
自分の失態を棚に上げ、千璃は思う。本当に、――それは遼灯の言うとおり。
「なんというか、それって」
言いよどむ様子を見て、遼灯がしたり顔で言う。
「思ったことは口に出した方がいいぜ。溜め込むのは良くない」
「……王だから、ね?」
「王だから。悪いけど。千璃にはそれを我慢してもらわなくちゃならない」
「あたし――」
うん、と遼灯はうなずいた。
「昂鷲さまに会いたい」
「確認しとく。園を出ることになるけど。いいのか? 千璃。おまえ、舞うのが好きだろう」
「好き――かもしれない。だけど、だから、かも。考えてみなくちゃ、と」
「なにを?」
思わず問いかけ、それから琉衣は身を引いた。話は核心に迫っている。いつもの調子で口を挟むべきではなかったかもしれない。
千璃は笑み、琉衣を見る。それでもどこか躊躇いがちに。
「さっき、お稽古をしていて思ったの。どこででも舞うほどに好きかしらって」
「それはいい」
言ったのは遼灯だった。膝を打ち、顔中が笑顔だ。
「あのね、遼灯。それだけじゃなくて、こういうのはどうなのかしら。昂鷲さまに言ってみたら、だめ? 妃ではなくてはだめなのかしら。あたしが昂鷲さまに会いたかったように、昂鷲さまもあたしに会いたいと思ってくれただけで、妃というのが思いつきなら、そうでなくてもいいんじゃないかと――思うのは……だめ?」
「だめじゃないだろう。千璃は思いたいことを思えばいい。昂鷲にいろいろ聞いてみな。だいたい、それってあいつの義務じゃんか」
そこで遼灯はふ、と息を貫くように笑った。
「城に呼びつけるって段階で平等とはいかないが。よく考えた。そうだ、そうすべきだったんだ。それなら俺も痛まなくて済む」
「痛むってなにが?」
「胸が。ここんとこ痛くて眠れやしなかったんだ。俺ってなにをしてんだろうって」
訊ねた琉衣は答えに呆れる。遼灯の言うこと悉くに呆れているのは、わざとそうさせられているのでは、と思い始めた。周りが大人ばかりで、よほど甘やかされているのだとみえる。
この態度を許されているのだから、才あるために珍重されているというのはあながち嘘ではないのかも知れない。王城の在り様も空師の扱われ様もわからないが、好き勝手が通る場所であるのなら、と琉衣は遼灯をひたと見据える。
「頼りになるのかならないんだかだわ。でも他に誰もいないんだから、遼灯」
「うむ」
「あんたに頼むしかないのよ。頼んだわよ、千璃を」
「ほんとに頼んでんのか? それ。まーな、力及ぶ限りはね」
「全力よ?」
「そう言ってんじゃん」
当てにならなさそう。琉衣は千璃に息をついて見せ、そして笑い出した。
涙がこぼれるほどに笑いながら、手を伸ばし、千璃をぎゅうと抱きしめる。
「こうなるんじゃないかと思ったのよ。空師さまほどではないけど、あたしの勘はなかなか当たるわ」




