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14.花泉


「遼灯。来ていたの?」


 下から声がかかり、遼灯は飛び降りた。装束のままの千璃と琉衣が、渡り廊下に並んでいる。手に手に抱えた篭の中には、花が溢れんばかりだ。まだ瑞々しく香り高い。


「見つかったか」


「そんなところに居て見つからないわけがないじゃない。いいの? 仕事は。そのうちクビになっちゃうよ」


 日参するうちにすっかり馴染みになってしまった。民には尊いはずの空師にも臆することなく琉衣が言う。首を振ると、小さな冠の飾が鳴った。涼やかな音だ。


「俺ほど才のある者を見つけられるわけがないじゃんか。相当珍重されておりますんで、ご心配いただかずとも結構でぇす」


「遊びまわる空師なんて聞いたことない。王様は鷹揚な方なのね。臣の怠慢をお許しになって。いい人かもよ、千璃」


 遊びまわる王もいる。遼灯はそれをこっそり思い、


「俺はあいつに仕えているわけじゃない。城で食わせてもらっているんだから、そうだろうと言う奴もいるけどな。俺は撰吹さまの弟子なんだ。撰吹さまは空将だからさ、城に住んでいるし。だから俺も住んでいるし。撰吹さまは昂鷲の言いつけをやれって言うし」


「それはやれとおっしゃるでしょうね。あたしもそっち、城で食べさせてもらっているなら王さまの家臣だと思う人の方。ちゃんとお仕えすべきだわ」


 びしりと言われ、遼灯も少々怯んだ。むしろ呆れた声が出る。


「そこまで言うかぁ?」


「言うわよ。あたしは真摯にお仕えしています。日々熱意を持って精進しているわ。いずれ国事で舞ってみせましょう」


 冗談でもなく言い切り、琉衣は千璃に笑って見せた。応えた千璃の笑みは曖昧で、些か話を反らすように遼灯を向く。


「空師さまって、お城ではなにがお仕事なの?」


「まぁ、平たく言えば護衛官だな。王の安全を常に心がけるのがお役目だ。戦があれば軍にもなるらしい。俺が入ってから空師軍が出張るような事は起きてないから、よく知らないけど」


「あぁ。最近平和だものね。最期に派手だったのは登穀の銅山かしら」

「かな。もう十年になるか。俺も話にきいただけだ。ばぁさんみたいな口きくな、琉衣」


「それほど昔に感じているのよ」


 琉衣がその戦で家族の全員を亡くしていることを知る千璃は、視線を宙に泳がせた。なんでもない口調の奥で疼く胸、その幽かな痛みは伝染する。


「王はよくやっているわ。大きな戦を呼び込まず、乱を育てず。もしかしてすごい人なのかもしれないわね」


「国なんてのはそれが当たり前だろ? みんながふつーの暮らしを続けられるように、それができてふつーの王」


「で、そのふつーの王さまのところで遼灯はどんなお役に立ってるのよ。修行中でしょ、空師君」

「どうせ空師は一生修行中なんだ。俺は俺にできることをやってる」


「なんだか大変そうなような、ただ不遜なような」

「精一杯頑張ってますって意味だ」


「言われてみればね」

「でも本当に……」


「なに? 千璃」

「そうは聞いていたけれど、空を飛ぶって本当なのよね。不思議ね」


 足元に向いた視線に気付き、遼灯はふわりと浮いて見せた。丸くなった目の為に、そのまま歩いてみせる。


「不思議」

「遅いな」


「それが千璃よ」


 からからと琉衣が笑う。遼灯も大きな声で笑った。千璃は言い返そうと口を開き、言葉が見つからず閉じる。やがて一緒に笑ってしまった。和やかだった。


 泉へ向かう二人に、遼灯もついてきた。近づくに連れてだんだんと、他愛ないおしゃべりが消えていった。


 どちらからともなく黙り込んだ千璃たちを見、吹きつけた風に遼灯は顔を上げた。それまでとは異なる、玲瓏と冷えた風。それは巨大な一枚岩を滑り降りて来るものだった。


 奏園の最奥、さすがにここまで来たのは初めてだ。その巨岩に寄るほどに空気は清み、花香も凍るような風が吹く。


 遼灯は両手を頭の後ろで組み、気持ち良さそうに息を吸い込んだ。空師は清らかな空気が好きだ。汚れた空気は()()()()()という。その感覚は空師以外にはわからない。


 舞子たちは澄んだ泉のほとりに座り、篭から花を掬っては水に浮かべた。ゆるゆると水波に花は流れる。二人はその作業を黙ったまま、丁寧に続けた。


 大きさ、形、色までも様々な花が、泉を埋め尽くすかのようにひろがる。花はほぼ一昼夜で水に溶けて消えてしまい、あったことが嘘のように跡形も残らない。はじめから幻のような花なのだから、至極当然のようにも思える。


 巨岩の間から浸み出した水は、こうして花に洗われることで聖水となり、民には有難い特別の水となる。神事や祭事に、あるいは病の治療に用いられ、国の端まで人々の心を潤していた。


 その神秘性と特別性ゆえに、一滴で長患いの腰痛が消えた老婆や、百中の水鏡占いなどという伝説が生まれている。心に作用するものだけに、あながち偽とは言い切れない。


 春も深まり、夏が近い。じんわりときらきらと、二つの季節が合い混じった光を浴び、舞子たちは花泉に深く一礼した。

 それが仕舞いの動作だったらしい。伸びた草の上に、二人は座り込んで笑い合った。御勤め終了、といったところだろう。

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