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13.王・昂鷲2


 ここまで昂鷲は滞ることもあれ、真っ当に政を行ってきた。寛方の叛旗の後も特に姿勢を変えることはなく、むしろ方策ははっきりしたようでもある。


 実弟の謀反を断固と平定したことで王の評価は変化したことは確かだが、といってこれはすべての臣の忠義を信じられるようになったわけでは決してない。

 その後十年、平和が続こうと、余計な隙を見せずに済むのならそれに越したことはないのだ。


 長いこと空であった妃の位が埋まれば、妃は官ではないが王への影響力が生ずる立場故に、取り入ろうと動き出す官が生まれるのは必定である。


 多かれ少なかれ国府が揺らぐであろうことは難しい想像ではない。寵を巡り暗躍が始まるだろう。あるいは暗に隠れもせずに明々に。


 とは言え当然、国主には跡継ぎを残す義務があり、いつまでも妃を迎えずにというわけにはいかない。

 

 しかし誰が諭そうと王は政務の忙しさにかまけ、あるいはそれを言い訳としてのらくらとかわし続けている。それならば、と当人を余所に側近たちにはある目論見が生まれていた。


 妃には他国の姫君が望ましかろう。当面、国対国の世情は安定しており政略婚の必要はないが、臣下の娘を朝(長)妃に迎えては、その一族に寵が傾く恐れが生ずる。


 事実起こらずとも騒乱の元と成りかねない。近国では干渉が疎ましいので、遠国。そしてでき得るなら旧系の血筋、止ん事無い姫が良い。慈(二)妃、賛(三)妃と続こうとも、並び立つ妃、つまりは勢力が現れることのないよう、太刀打ちできぬほどの尊い存在であって欲しいのだ。


 勝手ながら候補も数名上げており、内々手配も起こしつつあったのである。


 これを王にどうして切り出すか。いよいよその段階に踏み出そうというときに、湧いて出たのがこの話だ。


 王の側から妃について話があると持ち出され、如何な調整が必要かと身構えたのも束の間、細を聞いて一同は呆けた。国府の中枢に勤める官吏たちが揃いも揃い、同じ呆れ顔で国主を見返す。


 舞子だと言うのだ。空前である。


 舞賜の召上は珍しくはなく、むしろ各代に一人は見られるほどのものである。奏園と王との関係を思えば無理もない。舞は王の憩であるのだ。しかし舞子。それも朝妃。


 この未聞のできごとが、奸臣の付け入る隙と成らねばよいが。実際に理に反さずとも、そうと捉えられてしまえば同じことになる。

 国とは脆い。なにが切っ掛けとなるかわからない。些細なことでも国は無に帰す。珍しくもない。


 遼灯は、撰吹や龍岬のその懸念を理解していた。彼らがなにより昂鷲を案じ、御為に最良の処置をとろうとしていることも知っている。


 それを踏まえて、けれど遼灯はなにがなんでも王城にと、実際に千璃に会ってみるまでは断固としてそう思っていたのだ。

 

 しかし――、と遼灯は日輪に目を細める。


 千璃自身を知ってしまった今は、疑問が湧いて二の足を踏む。それはこの奏園、舞の世界から引き離すということだ。


 千璃はそれをどう感じるのだろう。相対するまで、相手にも気持ちがあることを考えもしなかった。空回っていた昂鷲の言葉が、やっと回り始めた。そうは言わなかったが、言われたも同然。


 未熟者と。わからなかったのだ。昂鷲の願いが向かう先には、一人の心があるのだということが。簡単なことのように思えていたのだ。手に入れる――ことくらい。


 しかしそれを理解した今でも、遼灯は昂鷲に味方する気持ちを捨てられない。叶えばいいと、やはりそう思ってしまう。


 昂鷲の希みを叶えるために、千璃を犠牲にしようとしている。だとしても。


「仕方ねーよなー……」


 遼灯は天空を仰いだ。薄青の空に雲が薄くのび、その向こうに太陽は幻日のように見えていた。王は神の子という人間もいる。太陽を神とする者もある。それならば望みは叶えば良いのだ。


 これほど自分や、他の周囲の者にぐちゃぐちゃと考えさせる隙など与えずに。太陽がそこにあることに誰も疑念を抱かぬのと同様に、当然と受け止められる世であれば良いのだ。


 いっそのこと昂鷲が常から圧制を布き、端から女人を囲い込む豪王であればよかった、と遼灯はあるまじきことに逃げる。

 そうして自分が諾々とそれに従う阿呆者であれば楽だった、とも。考えるから苦しい。心があるから面倒くさい。


――遼灯は起き上がり、屋根瓦に胡坐をかいた。くしゃくしゃと髪をかき回す。二三度頭を振り、改めて朱布に目を向けた。額に薄らと汗をにじませて舞う千璃を見つめ、楽の音に包まれて遼灯は思う。


 つまりは。望むものが望んだ形で手に入れば良い。天の御味方を期待する。今となってはそればかりだ。投げるように言った。


「王様なんだからさぁ」

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