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12.王・昂鷲


 きらきらと花が降る。


 舞賜を中央に十数名の舞手たちが、朱布の上で舞っている。空を走る笛の音、空を揺らす手の動き、空に満ちる気、空に生まれる花。


 馥郁。そのなんと優雅なことか。


 遼灯は屋根の上からそれを眺めていた。贅沢である。人の手が生み出す花だというのに、艶やかな香りを立たせている。百花繚乱を目の当たりに、不思議だな、と遼灯はつぶやいた。幾度見ても同じ感想を抱く。


 王城に上がって以来、空師なれば王の共をし、神事に立ち会うのも役目だった。初めてみたときには役目を忘れて見入ってしまった。

 まばたきも忘れたために、翌朝まで目が痛んだものだ。この世にこんな優雅な種類の不思議があろうとは思いもしなかった。



 舞もやはり質なのだと、かつて久蒔は遼灯に言った。


――空師殿が空を駆けるも質、舞手が花を芽生えさせるも質でございます。


 遼灯は戯れに手を動かしてみた。花など生まれるはずもない。空を駆けることは不思議ではない、そのためになにかを考えることもなければ意識すらしていない。


 地を歩くように、空に出るだけだ。それでこの身は空に立つ。けれど舞手もそうだと聞いたところで、遼灯はどうにも納得できない。自分のやっていることよりもこちらは、遥かに優雅なものであるように思えた。


「普通のねーちゃんなんだがなー……」


 中央で澄ました顔を見せている舞賜、伽南のことだ。普通に威勢のいいねーちゃん。町に出れば行商のおっさんをも言い負かし、酒場どころか賭場にも出入りするそれを、威勢の二文字で片付けてよいものかと思うが。


 それを知っていても、舞えば伽南は美しい。遼灯は屋根に転がった。どうにもわからんこの世の不思議だ。


 芳香を深く吸い込み、遼灯は、ふう、と空に息を飛ばす。思えば可笑しな話、この奏園は王の持ち物、王の個人財産なのである。


 極めて実際的に徒なす呪や時には怨を祓うと共に、模糊に抽象的に民心の掌握という形で政における補佐を果たす園。


 国府を挟まず直接関わるが故に、王にとっては親しく気兼ねのない場所になろう。先王と久蒔の親しさの程も、窺えようというものだ。


 つまりは言ってみれば事を起こさずとも、千璃はすでに王の所有なのである。慎まず言ってしまえば、思うようにしてよい。

 隠すこともない、言ってしまおう。事実、そうしてきたことを、遼灯だって知っている。この度もそうした例を挙げ、側近たちは散々諫めたのだ。


 他の者の名を借りて後見の立場を取ればよろしいのでは? 


 宰補の顔には、およそ相応しからぬ出来事の処理を担わされたことに対する憤懣が明らかだった。年若ながらも切れ者として名を響かせる宰相補佐は、王を相手に歯に衣着せない。怒りを滲ませた低い声で付け足すに、


「私の名前をお貸ししてもよろしゅうございます」


「それではおまえのものになってしまうではないか。いいのか、龍岬。おまえには最愛のとやらの妻がいるだろうに」


「私のものなら誰も触れません。他の者は手を出せない。それで充分でしょうと申し上げているのです。まったくなにを言い出すのやら理解できない。舞子一人、召し上げずともあなたのものだ」


「出すだの出さないのと随分とくだけた話だ。まだ日は高いぞ」

「日の高いうちに面倒を片付け、沈む頃には妻のもとに帰りますから」


 面倒か、と昂鷲は高らかに笑った。龍岬はそれを最悪の表情で見る。


撰吹(せんすい)さまの御意見はいかがですか。ご希望に沿うのでは? 私も良いと思いますね。私の策の方が簡単だと思いもしますけれど」


「王城の専任舞手にしろというあれか。役目ゆえに城に住まわせる。なかなかに要点を押さえた提案だ、と言えないこともない」


 しかし、そう言いながらも昂鷲はすでに決めていた。決めたことは翻さない。諸官の妥協案はことごとく撥ねつけられ、あるいは一笑に付され、一歩も譲りはしなかった。

 笑いながら、龍岬に命じた。奥を整えろ、と。


「でもさぁ」


 書状を覗いて遼灯は言った。


「これって千璃があんたを選ばなかったらどーなんの?」

「どうなるとは?」


「整えた奥とか。あれだけ大騒ぎしちゃってる皆さんとか」

「皆は騒ぎ損だな。奥はまた腐らせるさ」


「なんだってこんな選択させるわけ? あんた王だったよな。一言で済むだろが。来い、つって」


 書状を畳む、顔を見上げる。衝立の向こうから、龍岬が下官を叱りつける声が喧しい。その場に居たものには不幸だった。聞こえよがしに八つ当たりである。

 昂鷲は慣れたもので意に介さず、遼灯の額で指を弾いた。


「そんなこともわからんで空師をやっとるのか、おまえは」

「痛いっつーのっ。止せよ、そういうの」


「空師ってのは人心も扱うのだろう。考える力を持つつもりがないのなら、空を飛ぶだけの馬鹿にしてしまうぞ。たまにはその頭を使ってみせろ」


 訊きたいことならほかにもあったが、そう言われて黙った。間違いなく王のこの男は、空師の術を封じる権を持っているのだから、言うだけのことができるわけだ。


 飛ぶだけの馬鹿になってはたまらないので、遼灯はそのまま引き下がった。確かに、少し考えてみてもよい。

 結局わからなったが。昂鷲の考えはとりあえず置き、龍岬や撰吹をはじめとする官たちの考えのほうは当然に思えた。

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