東堂さんでも怖くなることはあるんだな
しまった。
戸積を見張るあまり、逃げるのを忘れていた。
「近頃の若者はさァ、事件現場を見るや否や、スマホを取り出して、やれグロいのが撮れただの何だのと不謹慎なことをするけど、君たちもそういう部類なのかな?」
「え、いや……」
「あーでも、それはないか。今は、えーあいとか、それ以前に異能もあるからな」
勝手に疑いをかけたくせに、勝手に疑いを晴らす三枝という刑事。
「じゃあ、なんで逃げなかったんだ? 他の学生は逃げてるのに」
まさか、尾行してましたなんて言えるわけがない。俺が困っていると、東堂さんが、この場に似合わない爽やか笑顔で、
「実は、現場にいた人ーー戸積さん。知り合いなんです。それで、助けに行くかどうか迷って、逃げ遅れてしまったんです」
「あ、そうなの。そりゃあ心配だったね。失敬失敬」
片手を顔の前にやり、ぺこぺこ頭を下げてくる三枝。そのあまりもの態度の変わりように、俺は拍子抜けしてしまう。
「ーーでも、それじゃあ、どうして逃げようとしたんだい?」
「サイレンの音で恐くなってきちゃって」
眉を下げながら、弱々しく笑う東堂さん。彼女は今、なんらかの賞を取れそうなほどだった。
「それに、戸積さんって、こういうのを見られるの、嫌な人なんです。少し見栄っ張りだから、私たちは、知らないふりをしていた方が良いと思って。ね?」
俺たちは、こくこくと頷いた。三枝はぼりぼりと頭を掻く。
「困ったな……まじで善良なパターンか。いや、まだわからんけど、おい升宮。この子達、保護してやれ」
「この子達、ですか? あら」
背後を振り返った三枝。升宮という名前に俺は聞き覚えがあった。そうか、そういえば……。
学校で会った時とは違う、グレーのスーツに身を包んだ升宮さんが、そこにはいた。相変わらずの穏やかな笑顔で、彼女は言う。
「お久しぶりね」
「ごめんなさい、疑うような真似をして。三枝さんったら、いっつもあんな態度なの」
どうやら、三枝は、升宮さんの上司らしい。警察庁刑事局異能力対策課の課長だとか。
「あの、三枝さんって、課長、なんですよね? そんな偉い人がなぜ?」
「人手不足だよ」
俺たちが座っているベンチとは違うベンチに座る三枝が、はぁあ、と溜め息を吐きながら言う。
「俺たちは外回りはしないんだが、なにせ、捜査一課も三課も異能力犯罪でてんてこ舞い。だから、異能力対策課が、異能力と関係ない、比較的小さな事件に駆り出されるってわけだ。わかったか坊主?」
「坊主じゃなくて、白永。白永佳太です」
むっとして言えば、「へーへー」と軽い返事で返される。正直言って、変な人だとは思うが、升宮さんの上司であるなら、ある程度は信用できる。
と。
「三枝課長」
「おう、待たせたな。安藤クン」
木の陰から声がして、ぬっ、と身長の高い男が姿を現した。今までそこにいたのだろうか。
「こちら、“作業班”の安藤クン。君たちを重力で捕縛したのは彼だ」
「安藤です。よろしくお願いします」
「よ、よろしくお願いします……」
作業班って、あんまり聞かないけど何を作業しているのだろうか。捜査三課のこともよくわかっていない俺は、とりあえず、差し出された手を握った。
「と、東堂さん?」
背中に重みを感じたと思ったら、東堂さんが俺に寄りかかっている。ぎゅ、と俺の服を握っていた。
「ごめん、佳太君……背中貸して。今更、怖くなってきちゃった」
「あ、ああ」
東堂さんでも怖くなることはあるんだなと、俺は思った。規格外の力を持っているとはいえ、そういえば彼女は、ついこの間まで、普通の女の子だったのだ。




