はぁい、ストップ。
ガラス扉の向こうにいる戸積は、とても腰が低いように見えた。
教務課窓口の職員に、何度も頭を下げては謝っているようだ。まさか、盗難に遭ったとは言えないだろうから、紛失だと嘘をついているんだろう。
「なんか、罪悪感が湧いてくるな」
「佳太君、マイナス2ポイント」
俺が思ったことを口にすると、ジト目の東堂さんが、架空の点数札を掲げるような仕草をした。
「“神待つ者たち”に、同情する必要なんて無いよ。あの人たちは、笑いながら人を殺せる異常者なんだから」
「前世で、そうだったのか?」
「うん。権力を持つに従って、アイツらは増長していった。人間のくせに、神のような振る舞いをしていったからね」
東堂さんの人相が、どんどん悪くなっていく。東堂さんはあの組織のことが嫌いらしい。
「だから、罪悪感を持つ必要なんて無いよ……さて、どこで戸積に接触しようか」
自ら話を変えた東堂さんに、俺は情けないことに、ホッとしてしまう。東堂さんが憎しみに染まる姿を、見ていたくなかったからだ。俺は顎に手をあてる。
「できるだけ、人がいないところが良いな。でもそんなところ、初めて来た俺たちにはわからないな」
「人払いとかできる? 女神は」
「人払いはできませんが、人のいない空に運ぶことはできます! あと、天使ですってば」
腰を反らせて得意げな顔をするメイネ。まあそれで良いかという結論になる俺と東堂さん。
あとは、事務局から扉を開けて出てくる戸積を待ち伏せるだけだ……俺たちがそう思っていた矢先。
ばりぃぃぃん!!
けたたましい音を立てて、ガラス扉が吹っ飛んだ。
「き、君、落ち着きなさい。落ち着いて!」
慌てふためく、おそらく職員の男。その職員に肩をいからせて近づくのは、こちらもおそらく、大学の学生だ。
パーカーを着た男子学生は、顔を真っ赤にしながら怒鳴った。
「ふざけるんじゃねぇぞ! どいつもこいつも! 異能ばかり! なにが人間性だ、何が学力だ、なにが、ガクチカだよ!?」
魂からの叫びだった。男子学生は、職員を指差した。
「お前らもお前らだよ! 異能が全てじゃないなんて嘘こきやがって!」
ばりぃぃぃん!!
再び、けたたましい音が耳を襲う。男子学生が、立てかけてあったパイプ椅子を持って、事務局のガラス扉を割っているのだ。
「世の中っていうのはさぁ、思ったよりも、異能が全てなんだよ! だからさぁ!」
静かに近づく戸積。そこに、椅子が振り下ろされるーー。
「だからさぁ、何にも、意味ないんだよ、努力したって……」
物理攻撃の無効化。戸積に振り下ろされたパイプ椅子は、戸積に跳ね返されて、逆に、男子学生が尻餅をついてしまう。男子学生は、嗚咽を漏らして、ついには泣き始めた。わんわんと、周囲を憚らない大きな声で。
割れたガラスの向こう側で、戸積が手を差し伸べる。泣いていた学生は、腕で涙を拭って、戸積のことを見つめていた……。
しばらくして。
「動かないねぇ」
くあ、と欠伸をした東堂さんがそう言うのに、俺は頷いた。
動かない。事務局はにわかに慌ただしくなり、戸積は職員の言葉に一つ二つと頷いて、中へと入っていってしまった。
「まさか、あんなアクシデントが起こるとは。これは、今日中の接触は諦めた方がよさそ……」
その時だった。
サイレンの音が聞こえたかと思ったら、それはどんどん大きくなり、明らかに大学前で止まった。
「うわ」
何かを察したような東堂さんは、メイネの方を見て、ジェスチャーをする。上を指差して……空に? メイネがとりあえず俺たちを抱えて、空に飛ぼうとした、その瞬間ーー、
「はぁい、ストップ。君たちも重要参考人だから」
ずん、と上から負荷が掛かり、俺たちは地上に戻された。
「ごめんねぇ、おじさんも、こういうことしたくないんだけど、職務だからさぁ」
ふっと負荷が消えて、俺は地面にはりつけられたままの格好で、声の主を見た。眠そうな瞼の、背広を着た男。懐から出したのは、警察手帳だ。
「おじさんの名前、三枝っていうんだ。君たち現場を見てたよね? なんで、逃げなかったの?」




