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第七話 田辺の隠し事

 翌日の午後。


 玲は新聞社を出て、坂本と付き合いがあったという男――田辺のもとへ向かっていた。


 坂本が姿を消してから、しばらく経っている。


 だからこそ、本人の身近にいた人間に聞く必要がある。


 玲は田辺の住む古い集合住宅の前で足を止めた。


 呼び鈴を押す。


「……誰だ?」


「新聞記者です。天城玲といいます」


 少し間があってから、扉が開いた。


 男が顔を出す。


 玲が名刺を差し出すと、田辺はそれを一瞥した。


「新聞記者?」


「はい。坂本さんについて少し聞きたいことがあって」


「坂本?」


 田辺の表情が、ほんの一瞬だけ固まった。


 だが、すぐに元へ戻る。


「それで?」


「坂本さんの姿が最近見られないと聞いてまして、どこにいるのか知っていますか?」


「最近会ってない。どこにいるかも知らない」


 玲は田辺の顔を見た。


 声の調子は落ち着いている。


 けれど、返事が早すぎる。


 坂本という名前を聞いた瞬間の反応も、玲は見逃していなかった。


「以前、坂本さんと金銭トラブルがあったと聞いていますが」


「そんな大した話じゃない」


「大した話じゃない?」


「ちょっとした貸し借りだよ。昔から知ってるヤツだからな、よくあるだろ」


「なるほど」


 玲はそれ以上追及しなかった。


「分かりました。ありがとうございました」


「……それだけか?」


「はい」


 玲は笑って頭を下げる。


 扉が閉まった。


 その瞬間、玲の表情から笑みが消える。


 ――知らない。


 ――大した話じゃない。


 言葉だけなら、どちらもおかしくない。


 ただ。


「……妙だな」


 玲は小さく呟いた。


 玲はその場を離れた。


 田辺の話だけでは、まだ何も分からない。


 だったら、本人に聞くよりも周りから聞いたほうが早い。


 坂本と田辺が普段どこにいたのか。


 誰と付き合っていたのか。


 何か変わったことがなかったか。


 玲が向かったのは、二人がよく出入りしていたという飲み屋街だった。


     ◇


 夕方の飲み屋街は、まだ夜の顔にはなっていない。


 開店準備をする店。


 荷物を運ぶ店員。


 通りを掃除する人間。


 玲は一軒ずつ話を聞いていった。


「坂本? ああ、知ってるよ」


「田辺も?」


「二人とも常連だったな」


 何軒か回ると、似たような話が出てきた。


 坂本と田辺は、この辺りではそれなりに知られていたらしい。


 ただ、特別目立つ客というわけでもなかった。


 玲が話を聞いていると、一軒の店で店主がふと思い出したように言った。


「そういや、あの二人……少し前に急に羽振りが良くなったな」


「羽振りが?」


「ああ」


 店主はグラスを拭きながら答えた。


「それまで大した注文もしなかったのに、急に金を使うようになってな。高い酒を頼んだり、女の子にチップを渡したり」


「二人ともですか?」


「そう。最初は何か仕事でも上手くいったのかと思ったよ」


「いつ頃ですか?」


「いつ頃だったかな……」


 店主は少し考える。


「確か、そんなに前じゃない」


「その後は?」


「しばらくして、今度は揉めてたよ」


「二人が?」


「ああ。金がどうとか、取り分がどうとか」


 玲は黙って聞いていた。


「詳しい内容は?」


「そこまでは知らん。店の中で大声出されても困るから、外でやってくれって追い出したくらいだ」


「なるほど」


「それからしばらくして、坂本を見なくなったな」


「田辺は?」


「田辺はたまに来てた。でも、前ほど金を使わなくなった」


 玲は手帳にいくつかの言葉を書き込んだ。


 急に羽振りが良くなった。


 その後、金のことで揉めた。


 そして坂本が消えた。


 すでに知っていた金銭トラブルの話と、今聞いた話が重なる。


「ありがとうございます」


 玲は頭を下げた。


 店を出る。


 通りを歩きながら、玲は手帳を見た。


「……金の出どころ、か」


 坂本と田辺に、急に金が入った。


 そして、その金について二人が揉めた。


 玲はそこまで考えて、手帳を閉じた。


 まだ、それ以上は分からない。


 翌日。


 玲は新聞社で田辺について調べ直していた。


 昨日聞いた話を手掛かりに、田辺の過去の記事を探す。


 交友関係。


 仕事。


 過去の事件。


 名前が出ている記事を一つずつ確認していく。


 しばらくして。


「……ん?」


 玲の手が止まった。


 古い事件記事だった。


 見出しには、大きくこう書かれている。


 ――宝石店強盗。


 玲は記事を読み始めた。


 数年前、宝石店から複数の宝石が盗まれた。


 犯人は捕まっていない。


 盗まれた宝石の一部も見つかっていない。


 玲は記事の掲載日を確認した。


「……」


 少し前の記事。


 玲は昨日、店主から聞いた話を思い出す。


 坂本と田辺が急に羽振りが良くなった時期。


 宝石強盗が起きた時期。


 玲は二つの日付を並べた。


「……近いな」


 偶然かもしれない。


 もちろん、そう考えるのが普通だ。


 だが。


 金に困っていた坂本。


 田辺との金銭トラブル。


 その二人が、ある時期から突然金を持ち始めた。


 そして、その少し前に宝石強盗が起きている。


「……偶然?」


 玲は椅子に背を預けた。


 田辺が犯人だったという証拠はない。


 坂本についても同じだ。


 ただ、気になる。


 あまりにも時期が近い。


 玲はもう一度、記事を読み直した。


 犯行時刻。


 場所。


 逃走経路。


 被害品。


 何度も目を通す。


「……もし、これが繋がってるなら」


 玲は小さく呟いた。


 坂本と田辺は、何のために宝石強盗をした?


 金が必要だったから?


 それとも――。


 玲は画面を見つめたまま、しばらく動かなかった。


 やがて、キーボードに手を置く。


 まだ、答えは出ていない。


 だからこそ。


「もう少し調べるか」


 玲は再び、古い記事を開いた。

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