Episode 5 ESCAPE ROUTE DETECTED
クロエの悲鳴を聞きつけ、最初に作業場へ駆け込んできたのはジェイクだった。
「クロエ!」
その後ろから、イーサンも姿を現す。二人は、部屋の入口で動きを止めた。
二人の目に飛び込んできたのは、血塗れで作業台に横たわるタイラーと、クロエの腕の中であり得ない方向に首が曲がったメーガンだった。
クロエはメーガンの身体を抱き起こし、何度も名前を呼んでいた。
「メーガン……お願い、目を開けて」
支えを失った首が、クロエの腕の上で不自然に傾いている。口元から流れた血が、白いジャケットの袖を赤く染めていた。
「何があった?」
ジェイクがクロエの傍へ膝をつく。
「あいつよ……」
クロエは顔を上げた。
「あの化け物が、メーガンを殺した」
震えていた声が、次第に怒りを帯びていく。
「私がここへ来たとき、あいつがメーガンを抱えてた。首を折って……私の目の前で、床に捨てたの」
「そんな……タイラーまで……」
ジェイクは呆然と、作業台に横たわるタイラーを見た。次に、クロエの腕の中で動かなくなったメーガンを見た。
そして、火かき棒を強く握りしめた。その手は怒りで震えていた。
イーサンだけは、二人の傍へ近づかなかった。
床へ刺さったままの落下刃へ歩み寄り、その根元を懐中電灯で照らす。
巨大な刃は石床を深く割り、その周囲には細かな破片が散らばっていた。
「何してるの?」
クロエが睨む。
「調べてる」
「何を調べる必要があるの? 私が見たのよ。あいつがメーガンを殺した」
イーサンは黙って落下刃の真下を照らした。
床には、メーガンの靴跡が残っていた。そのすぐ隣には、罠を作動させる鉄板が沈み込んでいる。
刃の縁には、削れた黒い革がわずかに付着していた。
イーサンはメーガンのブーツを見る。片方の踵だけが、薄く削り取られている。
「……妙だな」
「何がよ?」
イーサンは立ち上がった。
「もしあの怪物が、メーガンをこの罠で殺そうとしたなら、何もしなくてよかった。メーガンは刃の真下にいたんだから」
その言葉が落ちた瞬間、クロエが立ち上がった。
「いい加減にして! あんたはこの期に及んであの化け物が私たちを助けようとしてるとでも言いたいの!?」
クロエの怒声が作業場に響く。
拳を強く握りしめ、やがて絞り出すように呟いた。
「……タイラーも、メーガンも死んだのよ」
イーサンは答えなかった。ただ、気まずそうに目を伏せる。
ジェイクが二人の間へ入った。
「もういい」
その声に、反論を許す余地はなかった。
「あいつが何を書こうが、何を考えていようが関係ない」
ジェイクはクロエの肩を優しく抱き寄せ、イーサンを睨みつけた。
「俺たちは、ここから出る。あいつを殺してでも」
私は作業場から離れた隠し通路で、三人の声を聞いていた。壁を隔てているため、すべての言葉が聞き取れたわけではない。それでも、自分が何をしたと思われているのかは十分に分かった。
メーガンを殺した。それは、間違っていない。
助けようとしたことも、殺すつもりがなかったことも、結果の前では何の意味もなかった。
私が近くにいる限り、また誰かを傷つけてしまうかもしれない。だったら、もう姿を見せないほうがいい。
三人が車で逃げられるよう、必要な物だけを揃える。そのあとは館の奥へ隠れて、二度と近づかない。それなら、今度こそ誰も殺さずに済む。
私は必死で記憶を辿った。中村くんがこのゲームを配信していたとき、私はいつも隣でスマートフォンをいじりながら、彼の声を聞いていた。だから、彼らよりも情報はあるはずだ。
確か、バッテリーを取りに地下倉庫に行っていた。
私は真っ直ぐ地下倉庫に向かう。交換用のバッテリーは、古い木箱の奥に置かれていた。ワゴン車のキーも東棟の警備室で手に入れることができた。
しかし、ガソリンの場所だけがどうしても思い出せない。
ガソリンを探して館の中を歩き回っていると、三人の話し声が聞こえた。私は咄嗟に隠し通路へ身を滑り込ませる。
「よく分かったな。ガソリンがあんなところにあるなんて」
ジェイクが感心したように言う。
覗き穴から見ると、ジェイクとイーサンはそれぞれ携行缶を抱えていた。
「館の構造を見れば、予想できるよ」
イーサンは何でもないことのように答えた。
「本当に、それを車庫へ持っていくの?」
クロエだけは険しい顔をしていた。
「あの化け物が教えた車なんて、罠に決まってる。逃げる前に、まずあいつを殺すべきよ」
「今は脱出の準備が先だ」
ガソリンは、三人が見つけてくれたんだ。それに、車での脱出を考えてくれているようで、少し安心した。
重い携行缶を運んでいる分、車庫へ着くまでには時間がかかるだろう。
これで、必要な物はすべて揃った。私はバッテリーを抱え直し、三人より先に車庫へ向かった。
私は車庫に着くなり、ワゴン車のボンネットを開き、交換用のバッテリーを取りつける。
端子をつなぐと、車内の小さなランプが一瞬だけ点灯した。少なくとも、電気は通っている。
こんなときに頼れるのが、週四日シフトを入れていたホームセンターのアルバイト経験と、私の誕生日にまでゲームを配信して収益化を狙っていた中村くんの話だなんて、複雑な気持ちだった。
まあいい。あとは三人がここに辿り着き、燃料を入れてキーを回せば、すべてうまくいく。
その瞬間、視界の中央に赤い文字が浮かび上がった。
ESCAPE ROUTE DETECTED
CARETAKER TERMINATION EVENT WILL BEGIN
私は表示を見つめた。
(……どういうこと?)
文字は答えない。けれど、意味は分かった。
中村くんが言っていた。
このゲームは、ケアテイカーを殺さなければ、館からは逃げられない。
つまり、私が彼らを逃がそうとすれば、彼らは私を殺さなければならなくなるということなのか。
最初から、どちらかしか生き残れないように作られている。
私は手の中にある車のキーを見下ろした。
これを渡さなければ、三人は逃げられない。渡せば、私を殺すためのイベントが始まる。
怖かった。ケアテイカーの身体は強い。
ジェイクの火かき棒を受けても、大きな傷にはならなかった。
それでも、不死身ではない。ゲームのルールが私を殺そうとするなら、この身体がどれほど強くても意味はない。
(でも……)
タイラーとメーガンの姿が浮かんだ。これ以上、誰も殺したくなかった。
私は車のキーをそっと車庫の工具台の上に置いた。
あとはここから去り、彼らが見つけるのを待つだけだ。
自分が殺される可能性を考えると、足が止まりそうになる。それでも、私は車庫の出口へ向かった。
「見つけたわ」
車庫を出ようとした、そのときだった。
開いた扉の向こうに、クロスボウを抱えたクロエが立っていた。




