Episode 4 I DIDN’T MEAN TO KILL HER
メーガンの足音が近づいてくる。
(どうして一人で……?)
四人で行動すると言っていたはずなのに。
私は慌ててタイラーの身体にシーツをかけようとした。けれど、間に合わなかった。
扉が開く。懐中電灯の白い光が、私の背中を照らした。
「……なに、してるの?」
震える声だった。振り返ると、メーガンは扉の前に立ち尽くしていた。
開いたままの隠し扉と、そこへ続く血の跡を見つけ、仲間を呼ぶより先にタイラーを追ってきたのだろう。
彼女の視線が、ゆっくりと私から作業台へ移る。
首を半ばまで裂かれ、血に染まった服のまま作業台に横たわるタイラー。その傍らに立つ、血まみれの殺人鬼。
メーガンから見たら、殺した人間の死体をこれから解体しようとしている怪物にしか見えないのは明らかだった。
「タイラー……?」
メーガンが一歩、部屋へ入る。
「嘘……」
懐中電灯の光が、タイラーの顔を照らす。
濁った瞳。血の乾いた唇。裂けた首から、てらてらと覗く赤黒い肉。
「いや……」
メーガンの顔が歪んだ。
「いやあああああああっ!」
(違う! 私はただ、タイラーを返そうとしただけ!)
「グォォォ……ッ!」
喉から出たのは、低い唸り声だけ。メーガンの目に恐怖が広がる。
メーガンは私を見て後ずさった。
「来ないで! 化け物!」
(待って! 話を聞いて!)
一歩近づこうとすると、メーガンが小さな悲鳴を上げた。
恐怖に顔を歪め、今にも崩れ落ちそうなほど身体を震わせている。
彼女は私から目を逸らさないまま後ずさり、扉へ向かって身を翻した。
その足が、床からわずかに突き出た鉄板を踏む。
カチリと、小さな音が響いた。
その瞬間、私の身体は何が起きるのか理解した。
罠だ。天井に吊られた、処刑用の落下刃。
見上げると、暗闇の中で、巨大な鉄の刃を吊っていた留め具が外れた。刃は三日月のように湾曲し、縁には乾いた血と肉片がこびりついている。
真下にいるのは、メーガンだった。
(危ない!)
咄嗟に背後から腕を伸ばした。メーガンの身体を抱え込み、刃の軌道から引き抜こうとする。
落下する刃から救わなければ。その一心で、私は力任せに彼女を引き寄せた。
遅れて、天井から鉄の刃が落ち、轟音とともに床へ突き刺さった。刃先がメーガンのブーツの踵を掠め、革を薄く削ぎ取った。
間に合った。そう思った。
けれど、ケアテイカーの腕はあまりにも太く、力が強すぎた。私の腕は、メーガンの肩ではなく、細い首へ巻きついた。
ぐきりと、湿った枝を折ったような音が、腕の中でした。
メーガンの身体が、不自然に跳ねる。皮膚の下で頸椎が砕け、硬い破片が互いに擦れ合う感触が、腕を通して伝わってくる。
首の前側が深く陥没した。次の瞬間、メーガンの口と鼻から血が噴き出した。温かい飛沫が、鉄仮面を赤く染める。彼女の舌が口から飛び出し、歯の間に挟まった。
自分では、ただ抱き寄せただけだった。けれど怪物の腕は、そのままメーガンの首を締め潰した。
メーガンの身体は反応しなかった。
懐中電灯が手から滑り落ちる。
冷たい金属音。それだけが、作業場に響いた。
(メーガン……?)
「ゴ……?」
私は恐る恐る腕の力を緩めた。
メーガンの上半身が、ぐらりと後ろへ傾く。
頭だけがついてこない。
折れた首は支えを失い、肩の後ろへ不自然に垂れ下がっていた。首元には紫黒い痣が広がり、口と鼻から溢れた血が顎を伝っている。
私は彼女を支えようとした。手を添えた途端、頭がさらに傾いた。口の中に溜まっていた血がこぼれ、私の手袋を覆った。
(違う)
「ゴォ……」
(違う、違う)
「ゴァァ……ッ」
(助けようとしただけなの)
メーガンの虚ろに見開かれた目が、逆さまになった私を映していた。
彼女はもう動かない。私が殺した。この腕で。
そのとき、廊下から足音が聞こえた。
「メーガン!」
クロエの声。
「どこにいるの!?」
(お願い、今は来ないで)
クロエが扉を開けた。彼女の懐中電灯が、部屋の中を照らす。
タイラーの死体。
床へ突き刺さった巨大な刃。
血溜まり。
そして、首の折れたメーガンを抱き締める私。
クロエの動きが止まった。顔から、すべての感情が消える。
「……メーガン?」
私は首を振った。
(違うの)
「ゴ……」
(私が殺したんじゃない)
「ゴォォ……」
(いや、私が殺した。でも、殺すつもりじゃなかった)
言葉にならない。
腕の中で、メーガンの頭が揺れた。クロエの目が、その動きを追った。彼女の表情が崩れる。
「メーガンを離して!」
悲鳴のような声だった。
私は慌てて腕を開いた。メーガンの身体が床へ落ちる。
頭部が石床へぶつかり、身体とは別の方向へ不自然に転がった。頬が床を擦り、口から血と折れた歯がこぼれる。
それを見て、クロエが絶叫した。
「いやあああああっ!」
(ごめんなさい!!)
「グォォォォォッ!」
私は逃げた。崩れ落ちるクロエの横を通り抜け、地下通路を走る。背後で彼女が泣き叫んでいる。メーガンの名を、何度も呼んでいる。
私は耳を塞ぎたかった。けれど両手には、まだメーガンの血がついていた。首を潰した感触が、腕に残っている。
骨が砕ける音。柔らかな肉の奥で、硬いものが折れる感触。口から噴き出した、温かい血。
どれだけ走っても消えなかった。
隠し通路へ入り、石壁を閉じる。
暗闇の中で、私は壁に背を預けた。膝が震え、その場へ崩れ落ちる。
血に濡れた両手を見つめた。
(違う……助けようとしただけなのに……)
「グォォ……」
視界の中央へ、白い文字が浮かび上がる。
MEGAN FOSTER:DEAD
SURVIVORS:3
文字はしばらく明滅し、やがて消えた。
ゲームにとって、殺意があったかどうかなど関係ない。事故だったかどうかも。
私が何を考え、何をしようとしたのかも。
ただ、二人目の死亡者が記録されただけだった。




