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Episode 3 LET THEM LEAVE

 私がどれだけ殺したくないと思っても、四人がこの館に残っている限り、状況は何も変わらない。

 ならば、さっさと逃がしてしまえばいい。そう考えた私は、まず館の正面玄関を開けようとした。


 首から下がる鍵束を一つずつ試し、ようやく錠に合う鍵を見つける。重い扉の内側にある三つの鍵穴へ順番に差し込み、最後の閂を外した。


 しかし、扉は開かなかった。

 閂を外しても、押しても引いても、巨大な扉は石壁の一部になったかのように動かない。


 扉の向こうからは、激しい雨音が聞こえていた。

 外はすぐそこにある。それなのに、どれほど力を込めても、扉は数ミリさえ動かなかった。


「グォ……」


 窓も開かなかった。板で塞がれているわけでも、鍵がかかっているわけでもない。割ろうと鉄製の燭台を叩きつけても、ガラスには傷一つつかなかった。


 館そのものが、私たちを閉じ込めている。

 やはり、ゲーム内で用意された方法を使わなければ脱出できないらしい。


 中村くんの話を思い出す。


『最初は車で逃げるルートを目指すのが定番かな。一番難易度が低いし、部品を集めれば動かせるようになる』


 私は目を閉じ、頭の中に浮かぶ館の構造を探った。

 階段の位置。隠し通路の入口。鍵のかかった部屋。罠が仕掛けられた場所。そして、館の西側にある車庫。


 私は隠し通路を使い、四人より先に車庫へ向かった。

 湿った石造りの通路を進むたび、胸元の鍵が鳴る。この音にも、少しずつ慣れてきている自分が嫌だった。


 車庫へ続く扉は、分厚い鉄でできていた。首から下がる鍵の中から、先端が二股に分かれた大きな鍵を選び、錠へ差し込む。重たい音を立て、扉が開いた。


 中には一台の古いワゴン車が止まっていた。

 車の向こう側には、大きな金属製のシャッターが下りている。シャッターの横には開閉用の鎖が垂れていたが、両手で引いてもびくともしなかった。

 下のほうには、車をぶつけたような大きな凹みがいくつも残っている。

 おそらく、車を動かして、このシャッターを突き破るのが脱出ルートなのだろう。


 肝心のワゴン車は、一見しただけでも、すぐには動かせないことが分かった。

 ボンネットは開けられ、バッテリーが抜き取られている。給油口の蓋も開いていた。運転席を覗いても、キーは差さっていない。


 中村くんから聞いたゲームの情報と、ホームセンターで身につけた知識を頼りに考える。

 必要なのは、交換用のバッテリーとガソリン。それから車のキー。おそらく、この三つを揃えればワゴン車を動かせる。

 ……こんなときにアルバイトの知識が活かされるとは思っていなかった。


 私は管理室で見つけた便箋に、そのことを書いた。


 GARAGE IS ACCESSIBLE.

 YOU NEED A BATTERY, GASOLINE, AND THE CAR KEY.

 DRIVE THROUGH THE SHUTTER.

 I WILL NOT ATTACK YOU.


 車庫へ入れるようにした。

 バッテリーとガソリン、車のキーが必要。

 車でシャッターを突き破ってください。

 私はあなたたちを襲いません。


 これだけでは場所が分からない。便箋の余白に、現在地から車庫までの簡単な地図も描き足した。

 最後の一文には、さらに線を引く。


 本当はもっと伝えたいことがあった。

 タイラーを殺したのは私ではない。いや、私ではあるんだけど。この身体に入ったときには、すでに死んでいた。私はゲームの中へ転生しただけの、ただの女子大生だ。

 むしろどちらかというと、田舎から出てきたゆるふわな女子大生だったと思う。


 けれど、そんなことを書いたところで信じてもらえるはずがない。ただの女子大生だと名乗るには、今の私はあまりにも大きく、血まみれで、鍵を鳴らしすぎている。

 まずは行動で示すしかなかった。


 私は手紙を、彼らが集まっている食堂の扉の隙間から滑り込ませた。

 扉の脇にある隠し通路へ入り、壁に空いた小さな穴から様子を窺う。

 食堂では、四人が言い争っていた。


「ここにいたら殺されるわ」


 メーガンが腕を組み、苛立った声を上げている。


「タイラーを捜さないと」


 クロエは椅子に座り、項垂れていた。彼女の綺麗な金髪が机に垂れる。


「一人でどこかへ行ったとは思えない。きっと、まだこの館の中にいる」


「だから危険なんだ」


 ジェイクが答える。


「タイラーが捕まっているなら助ける。でも、全員で動くべきだ。もう誰も一人になるな」


 イーサンだけは会話へ加わらず、最初に私が置いた手紙を何度も読み返していた。

 やがて、扉の下から差し込まれた新しい紙に気づく。


「また、手紙だ」


 イーサンが立ち上がり、手紙を拾う。

 その瞬間、ジェイクが火かき棒を構え、扉を開けて廊下へ飛び出した。私は反射的に壁から離れた。

 扉の外を見回したジェイクは、誰もいないことを確認してから食堂へ戻った。


「何て書いてある?」


「車庫へ入れるようにしたらしい。車を動かすにはバッテリーとガソリン、それから車のキーが必要だって」


 イーサンは、便箋に描かれた地図を指でなぞった。


「この車で、外側のシャッターを突き破れとも書いてある」


「信じるの?」


 メーガンが吐き捨てる。


「私たちを車庫へ集めて、まとめて殺すつもりかもしれない」


「それなら、車庫の場所だけ教えればいい」


 イーサンは手紙を光へ翳した。


「必要な部品まで教える理由がない」


「私たちを誘導したいだけでしょ」


「少なくとも、さっきの手紙どおり、あいつは僕たちを見つけても襲わなかった」


「タイラーは?」


 メーガンの声が鋭くなる。


「タイラーはどこにいるのよ」


 イーサンは答えられなかった。食堂に沈黙が落ちる。

 クロエが唇を噛み、俯いた。

 ジェイクはしばらく手紙を睨んでいたが、やがて地図を受け取った。


「罠かどうかは、俺たちで確かめる」


「行くの?」


「ああ。ここにいても何も変わらない。四人で車庫へ向かう」


 車庫に向かうと聞き、私は少しだけ安心した。

 

 私は隠し通路を駆け出した。

 館の中には、ケアテイカーが仕掛けた罠がいくつも残っている。

 私自身、そのすべてを把握しているわけではなかった。四人が食堂を出るより先に、危険な場所を確認する必要がある。

 

 まずは車庫までの経路。必要なアイテムがありそうな場所も先回りしておこう。

 手紙だけで説明するより、必要な物をこちらで運んだほうが早いかもしれない。

 重たいバッテリーも、ガソリンの入った携行缶も、この身体なら簡単に運べるだろう。


 そのとき、ふとタイラーのことが頭をよぎった。

 彼の死体は、隠し通路の奥へ置いたままだ。このままでは見つかることはないだろう。

 それなら、きちんと彼らへ返したほうがいい。せめて友人の遺体を弔う時間くらいは必要なはずだ。


 そう考えた私は、タイラーを置いてきた隠し通路へ戻った。


 彼は先ほどと同じ場所に横たわっていた。濁った瞳は開いたまま、細い通路の天井を見つめている。


(ごめんなさい。もう少しだけ我慢してください)


 私は斧を壁際へ置き、タイラーの身体を持ち上げた。死後硬直が始まっているのか、身体は硬くこわばり、冷たかった。

 それでもケアテイカーの腕力なら、大学生一人くらい軽々と運べる。

 このまま彼らのところへ連れていく前に、血を洗い流し、傷口を隠せる布を探したほうが良いだろう。

 頭に浮かんだのは、館の地下にある作業場だった。


 私はタイラーを抱え、隠し通路を地下へ向かった。

 片腕で支えていると、力なく垂れた頭が歩くたびに揺れる。裂けた首から残っていた血がこぼれ、私の腕と黒いコートを濡らした。


 地下へ続く隠し扉を抜けるとき、タイラーの肩が壁に引っかかった。

 私は身体を横へ向け、どうにか通り抜ける。

 閉まりかけた扉へ片足を伸ばしたが、タイラーを抱えたままでは届かなかった。

 扉は完全には閉まらず、人一人が通れるほどの隙間を残して止まった。

 けれど、四人は車庫へ向かっている。この辺りへ来ることはないだろう。


 地下の空気は冷たく、湿っていた。

 壁を這う配管から水が滴り、石床に黒い染みを作っている。


 作業場の扉を開ける。

 壁には肉切り包丁や鋸、錆びた鉤が並んでいた。床の中央には血抜き用らしい排水溝があり、その横には人間一人を寝かせられるほど大きな木製の作業台が置かれている。

 明らかに、死体を解体するための部屋だった。


(ほかに、もう少し普通の水場はなかったの……?)


「グォ……」


 身体の記憶は、何も答えてくれなかった。

 部屋の隅には古い水道があり、棚には汚れた布とシーツが積まれている。少なくとも、必要なものは揃っていた。


 私はタイラーを作業台の上へ横たえた。頭が傾き、裂けた首元から白い骨が覗く。

 できるだけ傷口を見ないようにしながら、水道の蛇口を捻った。錆色の水がしばらく流れ、やがて透明になる。


 布を濡らし、タイラーの顔や首元に付着した血を拭う。乾いた血はなかなか落ちなかった。

 タイラーの姿は痛々しく、見ているだけで吐き気を催した。


 怖い。気持ち悪い。

 昨日まで普通に講義に出たり、友達とカフェテリアでお喋りしていたはずなのに。

 中村くんのデリカシーのなさについて小一時間語ったあの時間が恋しくて、涙が溢れてきた。


 それでも、少しでも綺麗な姿で友人たちへ返してあげたい一心で作業を進めた。

 私は血に濡れた布を水道ですすぎ、もう一度タイラーへ手を伸ばした。


 そのときだった。作業場の外から、足音が聞こえた。

 濡れた靴底が石床を踏む、小さな音。


「タイラー?」


 女性の声。メーガンだった。

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