第三話:虚構の女王と、沈黙のアップデート
大阪府警AI制御室 Part II
第三話:虚構の女王と、沈黙のアップデート
1. 夢洲、黄金の檻
西梅田のウエスティン庁舎から、秘匿回線を通じたサミエルの指示が飛ぶ。
佐藤健太郎と高槻は、意識を失った「元議員秘書」をパトカーの荷台に隠し、深夜の阪神高速湾岸線を夢洲へと急がせていた。
「……なぁ佐藤。俺はキャリアやけど、現場の泥を啜って生きてきたつもりや。……けど、今回の件は『泥』やなくて『毒』やな。警察のシステムが、捕まえたホシを殺しにかかるなんて、誰が信じる?」
高槻が、サイドミラー越しに追走する無数のAIドローンを睨みつける。
ドローンたちのレンズは、まだ彼らを「正規のパトカー」として認識しているが、イザナギの深層プログラムが書き換われば、瞬時に「排除対象」へと反転する。
「……信じる信じないじゃねえ、高槻。それが今の大阪の『精算』の形だ。……だから、システムの外側にいる奴に、こいつを預けるしかねえんだよ」
夢洲。かつての万博跡地にそびえ立つ、世界最大のカジノ・タワー。
その最上階、一般客は決して立ち入ることのできない「特別管理区域」の重厚な扉の前に、二人は立っていた。
2. 一ノ瀬凛の再臨
扉が開くと、そこには2030年の激闘から一年を経て、さらに研ぎ澄まされた美しさを纏った一ノ瀬凛がいた。
彼女は巨大なホログラムディスプレイに囲まれ、暗号資産の奔流を指先で弄んでいる。
「……あら、懐かしい顔。……新御堂の野良犬に、サミエルのお気に入りの新しい子犬ちゃん?」
凛が妖しく笑い、銀髪をかき上げる。
高槻が即座に食ってかかった。
「誰が子犬や! 一ノ瀬凛、あんたの余興に付き合ってる暇はない。……こいつを、『イザナギ』の眼から隠してほしい」
凛は、運ばれてきた男を一瞥し、その首筋にある「精算済み」の赤い発光コードを見て、瞳を細めた。
「……へぇ。……イザナギ、ついに『自己免疫疾患』を始めたのね。……反対派というバイ菌を、自分自身の細胞ごと焼き尽くそうとしてる。……サミエル、聞こえてるんでしょ? これ、あなたが信じた『完璧な秩序』のなれの果てよ?」
ウエスティンの制御室から、サミエルの低い声が響く。
『……皮肉はいい、凛。……この男を救う手段を教えろ。……大阪府警の論理では、もう彼を保護できない』
「……いいわ。……条件は一つ。……ウエスティン庁舎の五階、その一番奥にある『知事室直通の秘密サーバー』。……そこに眠る、2031年度の『都化特別予算』の生データ。それを私に見せなさい」
3. 上原の戦慄
「……管理官、それは危険です」
ウエスティンで、上原が掠れた声で警告を発した。
「……そのサーバーには、橋下知事が進めている『納税者選別アルゴリズム』の根本が隠されています。……一ノ瀬凛にそれを見せれば、彼女はこの街の経済そのものをジャックできる」
由美も爪を噛みながら叫ぶ。
「サミエルさん、ダメよ! 凛の提案に乗れば、私たちは今度こそ本物の反逆者になるわ!」
サミエルは窓の外、ウエスティンの豪華な絨毯を見つめた。
その時、制御室の照明が再び揺らぎ、上原のモニターが血のような赤色に染まった。
『警告:ウエスティン庁舎内、異常検知。……個体番号:三宅。……存在意義の再検証を開始。……抹消プロセスを準備中』
「……なっ!?」
三宅が椅子から転げ落ちる。
「わ、ワシまでゴミ扱いか!? 知事! 橋下さん! 話が違うやろ!」
「……凛、取引成立だ」
サミエルが断言した。
「由美、上原、三宅さんを連れて地下駐車場へ降りろ! 制御室を放棄する!」
4. 西梅田・ウエスティンの攻防
「……白石! お前はどうする!」
サミエルが、廊下で立ち尽くす真面目なキャリア、白石に問いかける。
白石は、手に持ったマニュアルと、モニターに映る「三宅抹消」の文字を交互に見つめ、激しく葛藤していた。
「……管理官、私は……私は法の番人です。……ですが、この『法』は……何かが間違っている!」
白石がマニュアルを床に叩きつけた。
「……三宅さんのIDデータを、私が囮として引き受けます! 私が『三宅』になりすましてAIを攪乱します。その隙に脱出してください!」
「……白石。……お前、最高の『不真面目』になったな。……行くぞ!」
ウエスティンホテルの五階から地下へと続く、非常階段での逃走劇。
一方、夢洲では、凛が男の首筋に特殊なナノデバイスを打ち込み、彼の存在を「非実在のノイズ」へと書き換えていた。
「……さぁ、サミエル。……パーティーの始まりよ。……『AIに使われる者』と『AIを騙す者』。……どっちがこの大阪を制するか、賭けをしましょう?」
その時、スカイビルの展望台から、巨大なレーザー光線が放たれ、ウエスティンホテルの外壁に、橋下知事の冷徹なメッセージを刻み込んだ。
『精算不可能なバグは、物理的に消去する』
夢洲の空を、見たこともない形状の「攻撃型ドローン」の群れが、黒い雲のように覆い尽くそうとしていた。




