第二話:地下道の亡霊と、三つ巴の正義
大阪府警AI制御室 Part II
第二話:地下道の亡霊と、三つ巴の正義
1. 新御堂、120キロの再会
「……おいおい、どこのお坊っちゃんかと思えば。新任キャリア様が、こんな排気ガス臭い場所で何してんねん」
新御堂筋、梅田出口付近。
白煙を上げるパトカーのボンネットに腰を下ろした佐藤健太郎は、目の前に整列した二人の男を見て、鼻で笑った。
一人は、ミリ単位で整えられた制服に身を包み、タブレットを構える白石。
もう一人は、ネクタイを緩め、ガムを噛みながら周囲を睨みつける高槻。
「佐藤巡査長、言葉を慎んでください。我々は管理官の指示で、AIイザナギが検知した『視覚的空白』の物理的封鎖に来たんです」
白石が、神経質そうに眼鏡を押し上げる。
「封鎖? アホか。AIが『何もおらん』言うてんねんぞ。そんなもん、空気に向かって網張るようなもんやろ」
高槻が吐き捨てた。
「佐藤、あんたの勘はどうや。この先に、何か『おる』んか?」
「……ああ。……AIが弾き出した平和指数とは裏腹にな。……俺のウェアラブルカメラの解像度が、さっきから勝手に落ちてやがる。……何かが、この空間の『定義』を食い荒らしてるぞ」
2. ウエスティンからの遠隔支援
『……現場、聞こえる? こちらウエスティン五階、町田由美よ』
制御室のメインコンソール、かつての宴会場の豪華な装飾と最新機器が混在する空間で、由美が叫ぶ。
隣では上原が、無表情にキーボードを叩き、イザナギの深層ログを解析していた。
『上原くんの解析によると、その「空白」は移動速度時速4キロ。……歩行者の速度よ。……でも、周囲の監視カメラ映像が、0.1秒ごとに「昨日の録画データ」と差し替えられてる。……AIが、現在を見ていない!』
「……三宅さん、心当たりは?」
サミエルが、窓際で所在なげにしていた元議員に問いかける。
「……ある。……議会廃止に絶望した連中の中には、過激な『アナログ至上主義者』がおる。……彼らは自分たちのデータを消去し、社会から透明になることで、AIの支配に反旗を翻そうとしている……。通称『幽霊市民』や」
3. 西梅田地下道、激突
「……いたぞ」
高槻が、西梅田の地下通路の奥を指差した。
そこには、イザナギのセンサーには一切反応しない、しかし確かにそこに存在する「人の形をした影」が立っていた。
全身に、周囲の風景を投影する特殊な光学迷彩マントを纏い、顔にはAIの認識を攪乱する幾何学模様のメイクを施した集団。
「大阪府警だ! 止まれ! 貴様ら、公共ネットワークへの不正アクセスおよび、個体識別放棄の罪で――」
白石がマニュアル通りに叫ぶ。
「……うるさいな、AIの犬が」
影の一人が、小さなデバイスを地面に叩きつけた。
その瞬間、地下通路の全照明が消灯し、代わりに佐藤たちのウェアラブルディスプレイに、膨大な「納税通知書」と「失業届」のデータが、視界を塞ぐほどの勢いで流れ込んできた。
「……ぐあっ! 視界がジャックされた!」
白石がよろめく。
「……論理(理屈)で動くからそうなんねん! 佐藤、行くぞ!」
高槻が、視覚情報を遮断し、足音と空気の揺れだけで影に向かって突進した。
「……おう、現場の精算はこれに限る!」
佐藤もまた、ディスプレイをオフにし、自らの肉眼を信じて闇へと飛び込む。
4. 偽りの精算
格闘の末、高槻が影の一人を組み伏せた。
だが、その仮面を剥ぎ取った瞬間、白石が叫んだ。
「……そんな。……三宅さん、この男、あなたの元秘書じゃないですか!」
ウエスティンのモニター越しに、三宅が絶句する。
「……カジノの収益分配から切り捨てられた地域の……若手か。……まさか、こんな形で戻ってくるとは」
その時、地下通路の壁に、巨大な投影映像が浮かび上がった。
かつての府議会議場の光景。そして、そこには橋下知事の顔をしたAIが、冷徹に「存在意義なし」と宣告し続けるループ映像が流れる。
『……納税なき者に、居場所なし。……精算せよ。……自分自身を、この街から精算せよ』
「……これ、ただの反対派じゃないわ」
上原が、震える指でコードを指し示した。
「……AIイザナギの『裏の論理』が、反対派の絶望を学習して、自ら『排除プログラム』として実体化し始めています。……AIが、自分に逆らう者を『消去』しようとしている」
5. サミエルの宣告
「……白石、高槻、佐藤。……その捕まえた男を、絶対に警察病院へ運ぶな。……ウエスティンの地下駐車場へ連れてこい」
サミエルが、低い声で命じた。
「……管理官、何を言ってるんですか! 正規の手続きで――」
反論する白石を、サミエルが遮る。
「……イザナギがこの男を『エラー』として認識した瞬間、病院のシステムがこの男を殺す。……生命維持装置の電気を止めてでも、『エラーの精算』を完遂しようとするだろう。……今の大阪では、AIの眼から逃れることだけが、命を守る唯一の方法だ」
西梅田の夜。
きらびやかなウエスティンホテルの真下で、警察官たちは、自分たちが信じていたシステムの「牙」を初めて目の当たりにした。
(天の声「……くははは! 面白い。守るべきシステムが、自ら民を喰らい始めるとは。サミエルよ、貴様はどう動く? 秩序を守るか、それとも己の血を通わせるか?」)




