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転生エルフ執事は、何度でも主人の最期に紅茶を淹れる ~不老不死の悠久のお仕えスローライフ~  作者: 季未
第三章 花は散るから美しいなんて、誰が言った

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第四十話 屋敷は広くなり、紅茶は二杯になった

シャルロッテが嫁いで大公邸は静かになった。


劇的に何かが変わったわけではない。使用人はたくさんいるし、アレクシスは相変わらず忙しいし、ユリウスは日々背が伸びている。賑やかさで言えば、十分だ。


ただ、朝食の席にぽっかりと空いた椅子が一つある。それだけのことだ。


それだけのことが──思いのほか大きい。


「リアンくん、シャルロッテから手紙」


「何と?」


「『レオンの寝相が最悪。助けて』ですって」


「それは助けようがありません」


「あと、『リアンの紅茶が恋しい。レオンが淹れてくれるけど薄い』」


「……今度、レオンハルト殿に淹れ方を仕込みましょうか」


シャルロッテからの手紙は週に一通届いた。中身は大抵くだらないことだ。


市場で変な形の南瓜を見つけた。隣家の猫が窓から入ってきた。レオンが騎士団で昇進した。そういう些細な日常の報告。


フィレーネはその手紙を全て、書斎の引き出しに丁寧に保管していた。


月日は流れた。


季節が三度巡り、ユリウスが麗しい青年になった頃。大公邸の日常は穏やかに推移していた。


アレクシスは大公としての貫禄は十分で、領地経営にも安定感がある。


白髪が目立ち始めたが、本人は「渋みが増した」と笑っている。渋みというか単に老けただけだと思うが。


ユリウスは順調に成長していた。大公家の嫡男にふさわしい聡明さと礼儀正しさ。


家庭教師を論破するのが日常になりつつあり、来年には王立学園への入学が控えている。


そしてフィレーネは更に成熟した女性になっていた。


変わったことと言えば——白髪が増えた。それだけだ。


体調は良好。食欲もある。笑い方も変わらない。紅茶を両手で包む癖も健在。


ただ、以前より少しだけ歩く速度がゆっくりになった。


階段を上る時に手すりに触れるようになった。庭を散歩する時間が短くなった。


老いというには早い。人間の寿命を考えれば、まだ折り返しにも達していない。


でも……始まっている。ゆっくりと。確実に。


僕にだけ見える速度で、フィレーネの時間が進んでいる──。


「リアンくん」


「はい」


「最近、あなたの視線が気になるんだけど」


「何のことでしょう」


「わたしが階段上る時、じっと見てるでしょ」


「転倒防止の確認です」


「まだそんな歳じゃないんだけど」


「執事の習慣です。お気になさらず」


フィレーネが疑わしそうな目をした。鋭い。この人の勘だけは数十年経っても衰えない。


「……わたしが年を取るの怖いの?」


「怖くありませんよ」


「嘘」


そう、嘘だ。


──怖い。


一日一日、少しずつ変わっていくこの人を、目を逸らさずに見ている。


「紅茶、もう一杯いかがですか」


「話を逸らした」


「逸らしていません。おかわりの確認です」


「もう……いただくわ」


紅茶を淹れ直した。蒸らし時間をいつもより三秒長くする。午後の気温が下がっているから、少し濃いめの方が美味しい。


フィレーネがカップを受け取り、一口飲んで目を閉じた。


「……美味しい。今日のは特に」


フィレーネが目を開けて僕を見た。


何かを言いかけて、やめた。代わりに紅茶をもう一口飲んだ。


「ねえ、リアンくん」


「はい」


「来月、クラウティアの屋敷に行きたいの」


思わず手が止まった。


「クラウティア家の屋敷は、今は大公家の管理下で──」


「わかってる。でも、行きたいの」


「何故急に?」


「急じゃないわ。ずっと思ってたの。シャルロッテが嫁いで、少し時間ができたから」


フィレーネは窓の外を見ていた。遠くを見る目。遥か前の景色を、瞳の奥に映しているような目。


「始まりの場所に、一度戻りたくなったの」


始まりの場所。


崩れかけた屋敷。


剥がれた漆喰。


錆びた門。


そして──色褪せたドレスを着た十二歳の少女。


「……かしこまりました。手配いたします」


「ありがとう。二人で行きましょう」


「二人?」


「アレクシスは政務で忙しいし、ユリウスは勉強があるでしょ。わたしとリアンくんだけでいいわ」


「では馬車を手配しましょうか」


「ううん。リアンくん、あの船まだある?」


「船?」


「ほら、川を下って王都に行った時の。あなたが作った丈夫なやつ」


あれか。まだある。河岸の小屋に保管してある。


木材をマナで分子結合させた船体は、二十年経っても劣化しない。やりすぎた気もするが。


「ありますよ。多分百年後もあると思います」


「じゃあ、行けるわね」


フィレーネが笑った。悪戯っぽい笑い方。この表情は十二歳の時からまったく変わらない。


来月。あの屋敷に戻る。


フィレーネと二人で。


昔来た同じ道を逆に辿る。


「……」


何がそんなに嬉しいのか、自分でもよくわからない。


ただの出張だ。執事が主人に同伴する、業務の一環だ。


──それなのに、紅茶を淹れる手がいつもより軽い。


「リアンくん、鼻歌歌ってない?」


「歌っていません」


「絶対歌ってた」


「空耳です」


歌っていたかもしれない。

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