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転生エルフ執事は、何度でも主人の最期に紅茶を淹れる ~不老不死の悠久のお仕えスローライフ~  作者: 季未
第三章 花は散るから美しいなんて、誰が言った

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第三十八話 季節は巡り、人は変わる

エルフたちの件はそれきりだった。


ファルネーゼは約束を守り、僕の正体は秘匿されたままだ。廊下ですれ違う時にだけ、ほんの僅かに目礼をしてくる。


他の四人も同様。周囲から見れば、エルフ留学生が従者の子供に軽く挨拶している程度にしか映らないだろう。


ありがたい。面倒事はこれ以上増えなくていい。


社交実習が終わり、僕の学園への出入りも最終日を迎えた。


「リアンくん、もう来ないの?」


「やだー! つまんないー!」


「やだと言われましても……」


生徒たちの見送りが妙に盛大だった。手作りの菓子を山ほど持たされ、手紙まで渡された。


従者に手紙を書く貴族令嬢というのは前代未聞ではないか。


シャルロッテが馬車の中で菓子の山を物色しながら言った。


「リアン、学園で伝説になってるよ。紅茶の妖精って」


「精霊の次は妖精ですか……。どんどん格が下がっていますね」


「可愛いからいいじゃん」


「可愛いは褒め言葉ではありません」


大公邸に戻ると日常が待っていた。


フィレーネの紅茶。アレクシスのスケジュール管理。ユリウスの教育補助。庭の薔薇の手入れ。屋敷の維持管理。


いつもの仕事。いつもの日々。


──季節が移った。


冬が来て、春が巡った。


シャルロッテが十八歳になった。


レオンハルトとの関係は、ゆっくりと進んでいた。学園内での二人を見る限り、特別に甘い雰囲気があるわけではない。


並んで歩き、授業の合間に言葉を交わし、時々図書室で向かい合って勉強する。それだけだ。


だが、シャルロッテの部屋の机に小さな野花の押し花が栞として挟まれていることを僕は知っている。レオンハルトの筆跡で裏に日付が書いてあることも。


掃除の時に見えてしまうのだ。見ようとしたわけではない。執事の目は、部屋の隅々まで届いてしまう。


報告はしない。これは僕の知る領域ではない。


春の終わり、シャルロッテが学園を卒業した。


卒業式の日、大公邸は珍しく騒がしかった。アレクシスとフィレーネが正装で出席する。


「フィレーネ様、上着をもう一枚」


「大丈夫よ、暖かいし」


「念のためです」


「はいはい」


卒業式は盛大だった。シャルロッテは成績優秀者として壇上に立ち、卒業証書を受け取った。

立ち姿が堂々としている。朝起きられずに泣きべそをかいていた少女はもういない。


式の後、中庭で家族画を書く。画家が筆を走らせる間、四人が並んで立つ。


アレクシス、フィレーネ、シャルロッテ、ユリウス。


僕はその横で、日傘を持って立っていた。


「リアンも入りなよ」


「従者は入りません」


「うちの家族でしょ」


「従者です」


「頑固。いいから!」


無理やり入らされた。


まぁ……たまにはいいか。


この絵も……僕と同じく変わらないものだ。


──夏。


レオンハルトが、正式にシャルロッテへの求婚を申し出た。


大公家の応接間。アレクシスとフィレーネが上座に並び、レオンハルトが一人で対面に座った。僕は壁際に控えている。


レオンハルトの声は震えていたが、言葉は真っ直ぐだった。


「シャルロッテ様を生涯をかけてお守りいたします」


アレクシスが腕を組んだ。大公の目でレオンハルトを見据えている。


若い頃の柔和さは鳴りを潜め、為政者の顔がそこにあった。


沈黙が長かった。


フィレーネが隣のアレクシスの袖をそっと引いた。夫婦の間だけで通じる合図だろう。アレクシスの表情が僅かに緩んだ。


「ブラント家は中堅貴族だ。大公家の婿としては、格が足りないと言う者もいるだろう」


「承知しております」


「だが——」


アレクシスがちらりと僕を見た。一瞬だけ。何の意味があったのかはわからない。


「家格は本人の力で変えられる。私の妻が、それを証明している」


フィレーネが目を伏せた。口元に小さな笑みが浮かんでいた。


「シャルロッテの意思を確認したい。呼んでくれ、リアン殿」


「かしこまりました」


隣室で待機していたシャルロッテを呼びに行った。扉を開けると、シャルロッテが椅子の端を握りしめて座っていた。


「お嬢様。お呼びです」


「……どうだった?」


「僕の口からは申し上げられません。ご自身でお確かめください」


「リアン、顔に出てる」


「出ていません」


「笑ってる」


「笑っていません」


笑っていたかもしれない。


応接間に入ったシャルロッテは、レオンハルトの隣に立った。アレクシスが問うた。


「シャルロッテ。この男と共に歩むか」


「はい」


即答だった。迷いの欠片もなかった。


レオンハルトの目が赤くなった。またか。この男は本当によく泣く。


「泣かないで、レオン。お父様の前で格好悪いじゃん」


「……すまない」


「謝んないで。嬉しい時に泣くのは、嫌いじゃないから」


シャルロッテが笑った。フィレーネに似た笑い方。目元が少し潤んでいるのも、同じ。


フィレーネが席を立ち、シャルロッテを抱きしめた。長い抱擁だった。何か囁いているが、聞こえない。聞こえないふりをした。


ハイエルフの耳には届いていたが、あれは母と娘の言葉だ。僕の記憶に残すべきものではない。


アレクシスがレオンハルトと握手を交わした。レオンハルトの手がまだ震えていた。


アレクシスがその手を両手で包んで何か短く言った。レオンハルトが背筋を伸ばした。


僕は壁際で全てを見ていた。


「……」


遥か前。崩れた屋敷の台所で、フィレーネに野菜の切り方を教えた。


その少女が母になり、その娘が今、自分の人生を選んだ。


時間が流れている。確実に、容赦なく。


──時計の針を止めることが出来るのならば。


僕は、止めたい。


今この瞬間だけを永遠に味わいたいのだ……。


「リアン殿」


アレクシスに呼ばれた。


「祝いの茶を」


「かしこまりました」


最高の一杯を淹れよう。今日という日にふさわしい、完璧な紅茶を。


厨房に向かう廊下で、足を止めた。


窓の外に、夏の陽光が降り注いでいる。庭の薔薇が満開だ。


赤、白、ピンク。十年以上かけて手入れした薔薇たち。


シャルロッテが嫁ぐ。フィレーネの髪に白が増える。ユリウスが日々背が伸びる。アレクシスの歩みが少しだけ遅くなる。


全部、同じ速度で進んでいく。僕だけを置いて。


「……さて」


湯を沸かそう。


今日は特別な日だ。特別な日には、特別な紅茶を。


味は変わらない。いつも通りの完璧な一杯。


それだけが僕にできること。

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