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転生エルフ執事は、何度でも主人の最期に紅茶を淹れる ~不老不死の悠久のお仕えスローライフ~  作者: 季未
第三章 花は散るから美しいなんて、誰が言った

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第三十六話 決闘を申し込まれるのは、人生で初めてだった

学園。


僕の立場は完全に変わっていた。ヴァルシュタイン家の従者から学園のマスコットに。


不本意極まりない。


「リアンくーん、これ食べて」


「リアンくん、今日の髪も綺麗だね」


「ねえねえ、お昼一緒に——」


「皆さん、僕は従者として来ているので、生徒との私的な交流は——」


「固いこと言わないでよ」


固いのではない。職務規程に忠実なだけだ。だが十七歳の少女たちに職務規程は通じない。


昼休みのたびにベンチを囲まれ、手作りの菓子を押し付けられ、頭を撫でられる。


頭を撫でるのはやめてほしい。二百歳超の存在に対する敬意が微塵もない。


「リアン、モテモテだね」


シャルロッテが教室の窓から顔を出して笑っている。


モテモテではない。これはぬいぐるみや小動物に対する扱いだ。


「お嬢様のお力添えをいただきたいのですが」


「無理。自分でなんとかして」


薄情な主人だ。


午後の社交実習を終え、中庭で片付けをしていた時だった。


足音が近づいてきた。革靴の真っ直ぐな足音。迷いがない。


「リアン殿」


振り返ると、レオンハルト・フォン・ブラントが立っていた。髪を風に揺らし、表情は真剣そのもの。目が据わっている。


「少々お時間をいただけますか」


「構いませんが、何か——」


「決闘をしていただきたい」


「……はぁ?」


聞き間違いかと思った。ハイエルフの聴覚が誤作動を起こすことはないので、聞き間違いではない。


「けっ、とう」


「はい」


「僕と」


「はい」


「なぜ」


レオンハルトは一度深呼吸をした。耳が赤い。


でも目は逸らさない。この真っ直ぐさは、前に会った時と同じだ。


「シャルロッテ様に告白いたしました」


「存じています」


「その際に、シャルロッテ様が仰ったのです。『わたしの初恋はリアンだった』と」


は。


「えっーと……それは……」


「ですから、僕は貴方に勝たなければならない。シャルロッテ様の初恋の相手に、正面から挑んで——」


「待ってください」


手を上げて制止した。情報を整理する必要がある。


シャルロッテの初恋が、僕。いつの話だ。いや、心当たりがないわけではない。


あの子は幼い頃から「りあん、りあん」と後を追い回し、「大きくなったらリアンのお嫁さんになる」と五歳の時に宣言していた。


周囲は微笑ましく見守っていたが、あれは子供特有の——


「あのね、レオンハルト殿。子供のそれって子供の頃の話だと思いますけど」


「子供の頃であっても、初恋は初恋です」


正論だ。正論だが、正論で殴られても困る。


「シャルロッテ様は『今はもう違う』とも仰いました。ですが、僕はけじめをつけたいのです」


「けじめ」


「はい。シャルロッテ様の隣に立つ男として、貴方を超えたいのです」


超える。僕を。二百歳超の子供の姿をしたエルフを。具体的にどの分野で超えるつもりなのか聞きたいが、たぶんそういう理屈の話ではない。


十七歳の少年の目が、真っ直ぐに僕を射抜いている。揺らぎがない。


怖いもの知らずなのか、それとも——本気で、この子はシャルロッテのことを想っているのか。


後者だ。二百年の経験が、そう断言している。


「決闘の方法は?」


「剣で。木剣で構いません。訓練場をお借りできます」


「僕は従者ですが。しかも子供ですが」


「従者であっても、子供であっても、受けていただけるならば」


真剣だ。冗談の気配がない。断ったらこの少年は別の方法を探すだろう。それはそれで面倒だ。


「一つ条件があります」


「なんでしょう」


「シャルロッテお嬢様には内密に」


「……承知しました」


翌日の放課後。訓練場。


なぜか観客がいた。


「内密って言いましたよね」


「僕は誰にも言っていません」


言っていないかもしれないが、木剣を二本持って訓練場に向かう二人の姿は、学園中の好奇心を刺激するには十分だったらしい。


階段状の観覧席に、三十人ほどの生徒が座っている。


もう引き返せない。


木剣を受け取った。軽い。当然だが。僕にとって木剣の重さなど羽根を持っているのと変わらない。


レオンハルトが正面に立った。構えは正統派の中段。足の幅、肩の位置、剣の角度。


基礎がしっかりしている。剣術の成績が上位だというのは本当らしい。


「参ります」


レオンハルトが踏み込んだ。


速い。十七歳の人間としては、かなり速い。右からの袈裟斬りを起点にした二連撃。教科書通りだが、体重の乗せ方に才能がある。


僕は半歩だけ横にずれた。木剣が空を切る。


もう一撃。今度は左から。体の回転を利用した横薙ぎ。悪くない。


悪くないが——遅い。ハイエルフの動体視力には、全てが水の中のように見える。


これも半歩で躱した。


観客がざわめく。僕が一度も剣を振っていないことに気付いたのだろう。


レオンハルトの額に汗が浮いた。三撃目。四撃目。五撃目。全て正確で、全て力強い。


だが、僕の体には一度も触れない。


「……っ」


六撃目の後、レオンハルトが間合いを取った。息が上がっている。対する僕は、呼吸すら変わっていない。


「すみませんが、一つ確認です」


「——なんでしょう」


「全力ですか」


「……全力です」


「わかりました」


次の瞬間、僕は一歩だけ前に出た。それだけだ。一歩。


レオンハルトの目が見開かれた。反応が追いつかなかったのだろう。


僕の木剣の先端が、音もなく彼の喉元で止まっている。


訓練場が静まり返った。


レオンハルトの喉仏が上下した。生唾を飲む音が聞こえた。


「僕の勝ちでよろしいでしょうか」


「……はい」


木剣を下ろした。レオンハルトの膝が震えている。怖かっただろう。


申し訳ないが、手加減はした。相当した。本気の一万分の一も出していない。


「レオンハルト殿」


「は、はい」


「剣の腕は良いです。基礎に忠実で、体幹が強い。あと二年鍛えれば、騎士団の入団試験に受かるでしょう」


「……ありがとう、ございます」


「それから」


僕は木剣を棚に戻して、レオンハルトに向き直った。


「僕に勝つ必要はありませんよ」


「え」


「お嬢様が見ているのは、剣の強さじゃない。あの子が求めているのは——隣にいてくれる人です。いない日に、寂しいと思わせてくれる人です」


レオンハルトが目を見開いた。


「シャルロッテ様は、貴方が風邪で休んだ日、つまらなさそうでした。それだけで十分です」


「それ、は——」


「僕は執事です。お嬢様の隣に立つのは、僕ではない。最初からずっと。貴方の方がいい」


レオンハルトの目が赤くなった。泣くなよ。男子が訓練場で泣いたら、明日から学園で生きていけないぞ。


「……ありがとうございます、リアン殿」


「礼には及びません。それより、お嬢様への返事を急かすのはやめてくださいね。あの子は自分で考えたい性質ですから」


「はい」


観客がどよめいていたが、知らない。僕は木剣を片付け、訓練場を出た。


廊下を歩いていると、柱の影に見慣れた髪が見えた。


「お嬢様。もしかして聞いておりました?全部……」


「……聞いてないし。たまたま通りかかっただけだし」


目が赤い。


もしかして決闘前のさっきの会話、全部聞いていたな。


「リアン」


「はい」


「初恋のこと、怒ってないの」


「怒る理由がありません」


「恥ずかしいんだけど」


「僕も相当恥ずかしいので、おあいこです」


シャルロッテが鼻をすすって、それから小さく笑った。


「……レオンに、ちゃんと返事する」


「はい」


「でもリアンがわたしの最初だったのは、取り消さないから」


「……かしこまりました」


面倒くさい。本当に、この家の女性は揃いも揃って面倒くさい。


でもまあ。


悪くない面倒くささだ。

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