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転生エルフ執事は、何度でも主人の最期に紅茶を淹れる ~不老不死の悠久のお仕えスローライフ~  作者: 季未
第三章 花は散るから美しいなんて、誰が言った

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第三十五話 特別任務の報告は紅茶と共に

フィレーネから命じられた特別任務を遂行する日が来た。


シャルロッテの恋愛事情をさりげなく聞き出す。さりげなく。


これが難題だ。二百年以上生きてきたが、十七歳の少女の恋心を探るミッションは初めてだ。傭兵を制圧する方がよほど簡単だった。


学園からの帰り道。馬車の中で、シャルロッテは窓の外を眺めていた。


頬杖をついて、何か考え込んでいる。普段なら今日あったことを喋り倒すのに今日は妙に静かだ。


「お嬢様」


「ん」


「今日の授業はいかがでしたか」


「普通」


普通。シャルロッテの辞書に普通という単語が存在したことに驚いた。この子の感想はいつも最高か最悪かお腹すいたの三択だ。


「何かありましたか」


「別に」


別に。十七歳の語彙力が急激に低下している。


元々か……?いや、違う……よな?


これは何かあった時の典型的な兆候だ。前世の記憶を辿ると、思春期の人間はだいたいこうなる。


馬車が大公邸に着いた。シャルロッテは自室に直行し、夕食まで出てこなかった。


夕食後。


僕はシャルロッテの部屋にハーブティーを持っていった。


紅茶ではなくハーブティーにしたのは就寝前だからだ。カモミールとレモンバーム。気持ちを落ち着かせる効果がある。


打算的か。打算的だ。執事とはそういう生き物だ。


「お嬢様、お休み前のお茶をお持ちしました」


「入っていいよ」


部屋に入ると、シャルロッテはベッドの上であぐらをかいていた。大公家の令嬢としてはあるまじき姿勢だが、自室なので目を瞑る。


膝の上に開いた本が伏せてある。読んでいなかったらしい。


ハーブティーを渡すと、両手で受け取った。カップを包み込むように持つ。母親と同じ癖。本人は気付いていないだろう。


「リアン。ちょっと聞いていい?」


「どうぞ」


「リアンって、好きな人いたことある?」


不意打ちだった。聞き出す側だったはずが、逆に質問されている。攻守が入れ替わった。


「なぜそんなことを」


「いいから。あるの、ないの」


「……難しい質問ですね」


「難しくないでしょ。あるかないかの二択だよ」


二択ではない。二百年の時間と種族の壁と執事という立場と色々なものが絡まって、二択に収まらない感情がある。


……あるのだが、この場で語る話ではない。


「僕のことはいいので。お嬢様こそ、何かあったのでは」


「話逸らした」


「逸らしていません。優先順位の問題です」


シャルロッテがハーブティーを一口飲んで、ふうと息を吐いた。湯気がふわりと顔にかかる。


「……今日ね、レオンに告白された」


来た。


「正確には、告白っていうか。その。好きだって。言われた」


違いがわからないが、突っ込まない。


「それで、お嬢様はなんと?」


「なんとも。返事してない」


「保留ですか」


「保留っていうか——わかんないの。自分の気持ちが」


シャルロッテがカップを膝の上に置いた。視線が泳いでいる。


「レオンのことは好きだよ。一緒にいると楽しいし、話が合うし、真面目だし。でも、それが好きなのか友達として好きなのか、よくわかんなくて」


「……なるほど」


「リアンはわかる? その違い」


わかる。痛いほどわかる。だが、二百年かけて出した答えは十七歳の少女には重すぎる。


「一つだけ聞いていいですか」


「なに」


「レオンハルト殿がいない日、学園は楽しいですか」


シャルロッテが目を瞬いた。


「……先週、レオン風邪で休んだ日があったの」


「はい」


「つまんなかった。なんか。授業は普通だったし、友達もいたけど。なんか足りない感じ」


「それが答えだと思いますよ」


シャルロッテが黙った。耳が赤くなっていく。ゆっくりと、確実に。


「リアンってさ、たまにずるいよね」


「執事ですので」


「その返し、お母様にも使ってるでしょ」


使っている。万能だ。


シャルロッテがカップを両手で握りしめて、中身を覗き込んだ。湯気が立ち昇る。


「でも——大公家の娘がブラント家の男と付き合うって、色々まずいんでしょ」


「家格の差はあります。周囲が黙っていないのも事実です」


「やっぱり」


「ただ」


「ただ?」


「お嬢様のお母様は、没落貴族の令嬢でした。屋敷は崩れかけ、使用人は一人もいなかった。そのお母様が大公家に嫁いだ」


シャルロッテが顔を上げた。


「家格は変えられます。自分の力で。お母様はそうしました」


「……お母様は、すごいね」


「ええ。控えめに言って、化け物です」


「リアン、それお母様に聞かれたら怒られるよ」


「聞かれなければ問題ありません」


シャルロッテが笑った。ようやく、いつもの顔に戻った。


「返事、ちゃんと考える。自分で」


「はい」


「でもさ、リアン」


「はい」


「もしわたしが変な男に引っかかりそうになったら、止めてね」


「もちろんです。それは執事の職務範囲内ですので」


「どこまでが範囲なの、それ」


広い。果てしなく広い。大公家の令嬢の恋路から、庭の薔薇の剪定まで。


性格に言えばフィレーネの気分次第だ。


シャルロッテが空になったカップを返してきた。


「ありがとう、リアン。お茶も、話も」


「おやすみなさいませ、お嬢様」


部屋を出て、廊下を歩く。フィレーネの書斎の前を通ると、扉の隙間から明かりが漏れていた。まだ起きている。


ノックした。


「フィレーネ様。特別任務の報告です」


書斎に入るとフィレーネは寝巻き姿でソファに座っていた。膝に毛布をかけている。


「どうだった?」


「レオンハルト殿から告白があったそうです。お嬢様は保留中。ただし、脈はあると見ています」


「告白?もう? 早くない?」


「十七歳ですから。早くはないかと」


「十七歳って、そんなに大人だったかしら」


「フィレーネ様は十七歳の時、領地や家の基盤を固めつつありましたが」


「……それは、恋愛とは違うでしょ」


違う。だが度胸という点では共通している。


フィレーネが毛布の端を引き寄せた。


「あの子、なんて言ってた?」


「自分で考えると。自分の気持ちを整理してから返事すると」


「そう」


フィレーネの表情が緩んだ。安堵とも、寂しさとも取れる微妙な顔。


「ちゃんとしてるのね。わたしの娘」


「フィレーネ様の娘ですから」


「また買いかぶる」


「事実を述べているだけです」


いつものやり取りだ。何百回と繰り返した応酬。でも飽きない。不思議と飽きない。


フィレーネが目を閉じて、ソファの背もたれに頭を預けた。


「リアンくん」


「はい」


「わたしたち、いつの間にこんな話をする歳になったのかしらね。子供の恋愛を心配するなんて」


「フィレーネ様が成長されたのです」


「そうね。でも……あなたは変わらないわね」


その言葉が冗談なのか、それ以上の何かなのか。フィレーネの閉じた目からは読み取れなかった。


「紅茶をお持ちしましょうか」


「ううん。もう寝るわ。ありがとう、リアンくん。任務完了ね」


「おやすみなさいませ」


書斎を出た。フィレーネの寝室に向かう足音が、廊下に小さく響いて消えた。


一人になった廊下は静かだ。


シャルロッテの恋が動き出し、フィレーネの髪に白が増え、ユリウスが日に日に賢くなり、アレクシスの目尻の皺が深くなっていく。


この家の時間は確実に流れている。


僕だけが、同じ場所に立っている。


廊下の真ん中で。


変わらない背丈で。


変わらない顔で。


でも——この場所が、今は嫌じゃない。


明日も朝が来る。紅茶を淹れる。フィレーネに届ける。シャルロッテを起こす。ユリウスに挨拶する。


それだけの朝が、二百年のどの朝より楽しみなのだ。

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