第3話「ラブコメなら定番の展開でも、これが現実ならちょっと考えちゃう展開」
「和生くん、発声練習していくの?」
「あー、はい」
笹田さん復活。
「今日は、鈴音さんのご厚意に甘えさせてもらおうかなって」
防音室を貸し切ることができるとか、本当に自分は何様だという気分にさせられる。
自分には鈴音さんに何も返すことができないし、お金を払うといってもそれは受け取ってもらえない。
そして、いつも最後にはプロの現場で一緒に仕事がしたいと返される。
そう言ってもらえているからには、何が何でも鈴音さんが作曲を担当するキャラクターソングを唄えるような作品に出演してみせたい。
(本当は、声優として共演したいけど)
鈴音さんはアニメとゲームを中心に活躍していた声優だけど、今現在は声優としての仕事を減らしている。
鈴音さん作曲家としての知名度が高すぎて、それこそ声優に拘る必要はない。
だけど、やっぱり鈴音さんが声優として仕事をしている以上は共演というものをしてみたい。
(共演したいという気持ちを沸かせてくれる人たちが、傍にいるんだよな)
森村荘に住んでいる仲という贔屓目……贔屓耳? みたいなのはあるかもしれないけど、純粋に鈴音さんが出演したアニメやゲーム作品が好きで心に残っている。
「声優って、稼げない職業ね」
心で誓いを立てようとしていたところ、笹田さんから現実的な言葉が飛ばされてくる。
「先輩声優にそんなこと言われたら、抱ける夢も抱けなくなります」
「だって、貯金がまったく貯まらないでしょ?」
「俺たちの仕事は、夢を届ける仕事ですよ」
「ふふっ、そうね。そうよね」
先輩にからかわれていたことに気づくと、今度はこっちが気恥ずかしくなってきて、うっすら顔が熱くなってきたようなそうじゃないような……。
「あの……私も発声練習……一緒にしてもいい?」
顔の熱をどうにかしたいと思っていると、笹田さんから控えめな声が耳に届いた。
防音室自体は鈴音さんと香耶乃さんのものだから、笹田さんが俺に遠慮することはない。
俺は問題ないということを笹田さんに伝えるけど、笹田さんの様子が変化したような気がする。
「鈴音さん、私も防音室を借りてもいいですか?」
「うん」
「ありがとうございます、鈴音さん! 大好きです」
「機材がある部屋はちゃんと仕切られているから、機材のない方でストレッチもできるから……」
鈴音さんに後片付けをお願いしてから、笹田さんはそそくさと部屋を出ていった。
(笹田さん、なんか途中から様子可笑しかったような……)
元気そうに振る舞う彼女のその姿に、何も声をかけることができなかった自分がぽつりと独り残される。
「頑張ってね、お仕事」
炎上声優の笹田さんは、今日もアニメ・ゲーム業界で大活躍中。
ライブイベントもたくさん控えていて、多くの人たちが彼女のことを必要としている。
炎上させてしまって申し訳ございませんとか思っていたって、炎上なんてなかったんじゃないかって思わせるくらい仕事量が多い。
いつになったら、笹田結奈の仕事量を超えられるようになるのか途方に暮れてしまうほど。
「笹田さん、入りますよ」
それでも、今日は同じ作品で共演させてもらう。
森村荘で一緒に暮らしている表現者の一人と、一緒に仕事をさせてもらう。
彼女がどんな気持ちを抱いていたとしても、今日はより良い作品作りのために尽さなければいけない。それが新人声優の俺に課せられた使命だ。
「って……それ、なんですか……」
「っ、ぁ……見、な……で……っぅ」
防音室に向かうと、笹田さんと会話する間もなく笹田さんは既に仕事モード。
準備に取り掛かっている先輩声優にかける言葉は、もちろん……。
「……手伝いましょうか」
「……お願い……」
予定通りに話を進められないのは、やっぱり自分自身が悪いんだということがよく分かる。
これじゃあラジオの仕事やMCといった仕事とは縁がなさそうで、かなり反省しなくてはいけないところかもしれない。
「……っ、ぅ、ぁ……和生く、っ……」
「……いやらしいんですけど」
「やあっ……ぁああ」
音声だけを聞くと、大変いかがわしいことが繰り広げられているような気がしてくる。
密室に男女が二人きりとか、何か間違いがあっても可笑しくないのかもしれないけれど。
「……可愛い」
「褒め言葉として、っぁ、受け取っておきます……あぁっ」
「ほら、もっと頑張ってください」
「わ、私、和生くんより先輩なんだから、からかうのは禁止っで……や、やだっ、それ、やぁ……」
声優、笹田結奈は体が硬い。
「こんなに体が硬かったら、ストレッチなんてやっても意味ないんじゃ……」
「和生くんが来る前に終わらせようと思ってたの」
「終わらせる意志があるなら継続してください。はい、深呼吸」
「……っ……ぁあ」
卑猥な声がやまない。
自分は何をやっているんだって気にもなってくる、笹田さんのこの声。
頭がぼーっとしてくるくらい笹田さんの声が響いて、やっぱり普段から人を魅了する声を持っている女性なのだなと思う。




