第2話「不安を抱えているとき、誰かが傍にいてくれることがありがたいときもあって」
「私たちだって、不安なんだから」
「いつ、仕事がなくなるかわからない……」
「役者歴が何年になっても、毎日がオーディションという名の就職面接なんだから」
スープを口に含むけど、緊張のせいか味もよく分からなくなってくる。
普通に食事を済ませればいいものの、その普通がどんなものだったかも思い出せないくらい、森村荘メンバーとの食事時間には緊張が走る。
(先輩たちが、そんななら……俺なんて……)
少し戸惑いながらも頷いて、言いたいことは分かりますという気持ちを示す。
「今日は、気遣い屋さんの和生くんの気持ちを受け取ろうかな」
「そうしてください」
「優しい和生くんは、声優業界でモテモテになっちゃうね」
「はいはい、どうもありがとうございます」
笹田さんの優しいという言葉に、深い意味はない。
けれど、その好きの言葉に心躍らされてしまう自分がいるから、本気で笹田結奈を見返したいと意気込みも新たに生まれ変わる。
「彼女さんのことを考えると、毎日がやきもちの嵐で大変そう」
「…………はい?」
この人は可愛らしい声で、一体なんの話を持ち掛けてきた?
「だから、和生くんの彼女さんが大変そうだって……」
「なんで架空の彼女を設定するんですか」
「……………………え?」
物凄く間が空いた。
笹田さんは俺が言ったことを理解しようと頭の中を整理させていたのだろうけど、それにしても長い長い間があった。
そして少し落ち着いただろう笹田さんは、『え? その年齢で彼女がいないんですか?』みたいな表情で俺のことを見てくる。
「俺、そんな混乱させること言いました?」
「いつから、いないの? 昨日? 一週間前??」
「どうして昨日やら一週間前まで、彼女がいた設定になってんですか?」
笹田さんは突拍子もないことを言い始めて人を驚かせることもあるけれど、ここまで人を混乱させる話を振ってくるのも珍しい。
「最初から! 最初から彼女なんてものはいませんって」
だって、つい二年前までは、笹田結奈さんを好きだったのだから!
とは、死んでも笹田さんに話すことはないだろうけど……。
「嘘を吐かなくても、私、誰にも話さないから……」
「だから、いないものはいませんって」
「こんなに優しい和生くんに、彼女さんがいないわけがないでしょ」
ここまで力説してくる、彼女のたくましい妄想力には感心さえしてしまう。
「男なんて……単純な生き物なんですよ」
「和生くん?」
そこまで褒めてくれるのだったら、さっさと俺のことを好きになってくれませんかと言いたくなる。
「ちょっとでも褒められたり、ちょっとでも良いこと言われたら、すぐに調子に乗っちゃうんだよって話です」
「だったら、私の言葉も信じて?」
「え?」
「和生くんは、もっと自信を持っていいと思うよ」
素敵な笑顔と、未来に希望を抱いてしまいそうなくらいの力強い言葉。
それを俺に向けてくれた笹田さん。
また、男の勝手な勘違いが始まっていきそうだなーって思ってしまった。
「……本田坂くんに彼女がいるなら……森村荘には住まないと思う」
「鈴音さんの言う通りです」
鈴音さんからのナイスアシストが入って、笹田さんはここでようやく『なるほど』といった表情を浮かべて納得してくれた。
「なんで、そんな発想になったのか意味不め……」
「あ……えっと……普通に優しいから」
胸に手を当てて、まるで俺を称賛するかのような柔らかな笑みを浮かべてくる笹田さんに見惚れそうになる。でも、ここは気合いの入れどころだと、拳に力を込める。
「それだと世の中の優しいと称される人たちには、全員彼氏彼女がいる設定になりますよ」
「え? あ……言われてみれば、そっか……」
自分の発想がとんでもなかったことに気づいたらしい笹田さんは、自分の妄想がよっぽど恥ずかしいものだと感じたらしい。
目線を下の方に向けてしまって、彼女の頬はほんのり赤みを帯びているような……そんな風に見えてしまうのはなぜか。
「そっか……彼女さん……いないんだ……」
笹田さんはゆっくりと同じような独り言を何度も何度も呟いていて、その様子は若い女の子がお経を唱えているような光景に見えてきて不思議な感じだった。
「鈴音さん、今日も防音室貸してもらえますか」
現実世界に帰ってこない笹田さんをどうしていいか分からなかった俺は、鈴音さんに話しかけることを決めた。
「遠慮なくどうぞ。私は、まだ作業できないから……」
森村荘は、本気で至れり尽くせりの場所だと思う。
森村香耶乃さんの亡くなったご家族が、たくさんのお金を残してくれていったこと。
現在森村荘に住んでいる鈴音さんが、作曲家としてかなりの稼ぎ手。
その二点が合わさって、森村荘は自分たちが使いやすいように改築されている。
二人の経済力のおかげで森村荘には、夢のような施設や設備が整っていく。




