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黒歴史を背負った新人声優だってハッピーエンドを迎えたいっ  作者: 海坂依里
第1章「あのとき恋をした声優が、今では俺の先輩声優です」
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第10話「俺にとっての黒歴史は、彼女にとっても黒歴史」

「どんな役も演じられるようになりたい……」


 笹田結奈(ささだゆいな)さんは、人気声優の階段を昇りつつあった人。

 そんな階段の途中を昇っていた彼女を、上から突き落としたのは俺。

 正確には俺の後ろに並んでいた、あの男だったけど!

 でも、あの一件以来、今も第一線で活躍している笹田結奈さんは何かとネットの炎上対象になってしまっている。


「ちゃんと恋愛……すれば良かったのかな」


 笹田さんは他人の過去話をしているかのように、無理矢理な笑顔を作って俺たちを見た。

 自分のことを話しているはずなのに、少し他人事っぽい。

 だけど、自分の過去を悲観しまくっていないからこそ、他人事のように語ってしまうのだと思う。


「確かに、ちゃんと恋愛していた方が役者としては大きく成長できるわねぇ」

「いろんな感情を経験できるから……ですよね」


 こんな後ろ向きなやりとりをしていても、笹田結奈さんは笑っていた。

 声は、明るかった。


「でも、みんなは、今の道を選んだんだから」

「……はい」


 俺と笹田さんの返事が、一緒に重なった。

 声が重なったのは同時だったはずなのに、心で思っていることは互いに違うんだってことが分かる。


(俺……笹田さんを見返したくて、声優やってるんです……)


 笹田結奈を見返すために声優をやっているって気持ちに嘘はなくても、最終的に目指すところは笹田さんに振り向いてもらうという終着点。

 あまりに褒めどころがなさすぎて、淀んだ夢を悟られないように表情を作り込むのに必死だった。


「十色さん、私もひま咲かを絶対に良い作品にしてみせます!」

「棒読みなのに?」

「十色さん!」

「ふふっ、大丈夫。ゆいゆいなら」


 そう言って、十色さんは今度こそ明るい笑顔を見せてくれた。

 いつもと変わらない、みんなに元気を与えるのが自分の役割だよって言わんばかりの眩しい笑顔がそこにはあった。十色さんの明るさは、周囲をも明るくする力がある。


「十色さん、夜食ありがとうございました」

「どういたしまして、和くん」


 本当に眩しすぎる人だなって思う。

 なんで、こんなに綺麗な笑顔でいられるんだろう。

 十色さんは世間ではいろいろ言われていても、十色さんがいる現場の空気は華やかになるってことを聞いている。

 だから俺も、そんな人が活躍している世界で生き残ってみたい。


「よし、切り替え切り替え!」


 みんなが集まっているリビングキッチンを離れ、自室へと戻って気合を入れ直す。

 笹田結奈さんが出演する作品に携わらせてもらうって意識じゃ駄目で、これは俺が指名でもらった初めての仕事。

 初めての主人公で、初めて指名でもらった役。作品の魅力を声の分野で引き出すことができるように演じ切るのが、俺の仕事。

 たくさんの大好きな人たちと、近い将来必ず一緒に仕事ができるように。

 願いを込めて、俺は原作のゲームをプレイする。


「はあ」


 笹田結奈さんと恋人役をやらせてもらうって考えるだけで、気が可笑しくなりそうになる。

 顔を出す俳優としての仕事ではなく、声の演者としての共演だって言い聞かせてはいるけれど、恋人同士っていうパワーワードに怯んでしまう自分がいるのも事実。


『せんぱ、っ!』


 俺だって声優という職業をやらせてもらっているのだから、ゲームの世界の話だっていうのは十分理解している。それでも複雑なものは複雑だった。


『この世に生まれてきた瞬間に、死を覚悟していたんだと思います』


 高校時代の俺。

 笹田結奈さんと恋人役を演じる未来が待っているぞという忠告したい。


(意識してしまう)


 これは芝居ですと言い聞かせたところで、頭が上手く切り替わってくれない。

 俺が初主演を務めることになった人気作品でヒロインを務める笹田さんと、一緒に暮らしているんだぞ。ドッキリみたいな展開が訪れるんだぞと警告してやりたい。


(なんで、サイン会で事件が起きたかなー……)


 よりにもよって、俺の順番が回ってきたときに事件が起きなくてもいいんじゃないかって思う。

 でも、あのときの事件が起きなければ、俺はそもそも声優を目指していない。


「これは芝居、これは芝居、これは芝居……」


 睡眠時間不足気味だっていうのに、ひま咲かに夢中になりすぎて夜更けはあっという間に過ぎていった。

 最後に攻略すると決めていた望海(のぞみ)ルートだったはずなのに、そんな決意は脆く崩れていった。


「笹田結奈さんが恋人……笹田結奈さんが恋人……笹田結奈さんが恋人……」


 これから出演させてもらう作品という色眼鏡があるせいかもしれない。

 物凄く努力家の同居人が、これからヒロインの声を担当するからというのもあるのかもしれない。

 神ゲーと評されているだけのものがゲームの中に溢れんばかりに詰め込まれていて、涙腺が緩くなってしまっている。


「覚悟決めろ、覚悟決めろー……」


 でも、俺の仕事は、ひま咲かを評価することじゃない。

 俺は純粋にこのシナリオが好きだと思う。

 男としてのどうしようもない妄想も、これは仕事で携わる作品だって意識に変わっていく。

 それだけ、この作品の主人公を演じたくて仕方なくなってくる。


「絶対に成功させたい」


 世間の評判がどうであろうと、ひま咲かの主人公を誰にも譲りたくない。

 自分がひま咲かの主人公を演じ切りたいという欲求が生まれてくる。

 だったら、自分がやるべきことは一つだ。

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