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黒歴史を背負った新人声優だってハッピーエンドを迎えたいっ  作者: 海坂依里
第1章「あのとき恋をした声優が、今では俺の先輩声優です」
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第9話「元ファンなので、彼女の欠点を知ってはいるけれど」

「ゆいゆいは本当にお芝居が上手いと思うのぉ」


 さすがは、この場にいる最年長。

 俺が口を慎んでいることを、真っ先に口にしてくれた。


「上手いですよね……」

「私も、後輩のゆいゆいを大尊敬しちゃうくらいなんだけど」

「どうせ私は棒ですよ! 恋愛シーンだけ棒演技になるっていう恋愛未経験者ですよっ」


 ここで、物凄く悪いタイミングで本人登場。


「大体! 人がいないところで陰口叩くとか、立派ないじめなんだからね!」


 話題の中心になりかけていた笹田結奈(ささだゆいな)さんが、俺たちが居座っていたリビングキッチンに顔を出した。


「マナー違反の自覚はあるの? 和生(かずき)くん?」

「なんで、俺に全責任が飛んでくるんですか!」

「私の相手役を務めるんだから、和生くんに全責任を押し付けます」

「ちょっ……」


 あー、もう、どんな流れでもどうでもいい。

 笹田結奈さんと、こんな風にラブコメ的会話を交わせるようになるまで関係が進んでいるのだから、もう何も文句は出てこない。反論する気がうせてしまうほど、めちゃくちゃ幸せだと思ってしまう。


「ご所望のパンケーキ、焼きあがってますよ」


 笹田さんの機嫌を取るために、笹田さんの視界を遮って、彼女リクエストのパンケーキが乗った皿を用意する。


「お店でしか食べることができないような、幻のふわふわパンケーキ……」


 笹田さんが目を輝かせて、俺が作ったパンケーキへと視線を向けてくれている。

 もちろん店の味には劣るけれど、笹田さんの笑顔を見ているともっと料理スキルを上げたくなってしまう。

 それくらい笹田さんは、毎回毎回飽きることなく俺が作るパンケーキに感激してくれる。


「和くん、作るスピード上がったんじゃない?」

「毎日リクエストされてたら、そりゃあ……」

「和生くん、ありがとう」


 抜群に可愛い声を、聴覚が拾う。

 たった一声で、人の注目を集められる。

 それだけの力が、彼女にはある。


「こんなに美味しいパンケーキが家で食べられるなんて」


 パンケーキを作ったことすらも忘れかけていた頃に、とびっきりの笑顔が俺の元にプレゼントされる。


「天才! 和生くんは、最っ高のパンケーキ職人さんね」

「そっかー、俺、声優廃業なんですね……」

「なっ……! 違うから! ちーがーいーまーす!」


 大人になるにつれて、感情表現というものは控えめになっていく傾向があるような気がする。

 だけど、笹田さんという女の子は、デビューしたときから変わらぬ笑顔を見せてくれる。

 更には、そんな笑顔がキャラ作りの一環ではないところが最高に男心をくすぐってくれる。


「はい、冗談ですよね」

「和生くんが意地悪……」


 いつだって、どんなことにだって全力で取り組む先輩。


(そんな笹田さんを見返して、今度は俺に惚れてほしい)


 そんな野望が渦巻いているのに、あまりにも自分の未来が見えないことに溜め息を溢しそうになる。

 でも、その溜め息を溢すことなく、飲み込んでみせる。


「いいなぁー、人目を気にしないでいちゃいちゃできる年齢はぁ」

十色(といろ)さん! 私たちはいちゃいちゃしていません!」


 十色さんはアニメを中心に売り込まれていた声優だけど、食べていくのには苦労する出演本数。

 そこで十色さんはどうすれば同期の中で飛びぬけた存在になるにはどうしたらいいかって考えて、自分が元々好きだったエロゲー業界に永久就職を希望したらしい。


「恋愛経験がなくても、立派に芝居はできるんだから」


 笹田さんの言葉に、深く頷いた。

 声優の笹田結奈に恋をしていた自分も、立派な恋愛経験があるわけじゃない。

 むしろ、同居人の笹田結奈さんに恋をしていたなんて話は一生できない。

 もしも俺が笹田さんのことを炎上させたきっかけになった人物だと分かると、俺は血祭りにあげられても可笑しくないだろうと容易に想像ができる。


「今までは良かったのかもしれないけどぉ、今は躓いちゃってるでしょ?」

「うぅ……十色さ~ん……」

「ゆいゆいはぁ、ラブコメはできるのよね?」

「十色さん……私、一応は声優です……」


 人気声優の階段を昇りつつあった笹田結奈さんには、声優で食べていくには大きすぎる欠点があった。


「ラブコメ以外の恋愛ものだけ棒読みになるとか……手を抜いているって炎上されても可笑しくないですよね」

「和生くん……すごく意地悪……」

「だって、事実です」


 涙ぐんだ瞳も美しいって叫びたくなるけど、その気持ちも抑え込まなきゃいけない。

 笹田結奈さんに恋をしていたことを隠しながら、普通を演じるって難しい。


「でも、もっと自信を持ってくださいよ。こんなとこで諦めないでくださいよ」

「和生くん……」


 普段なら絶対に恥ずかしくて言えないような言葉も、こんなにすらすらと言えるようになってしまった。

 それだけ、現在の俺と笹田結奈さんは森村荘に住む仲間として仲が良くなってしまったということ。


「どうして、恋愛シーンだけ駄目なのかしらぁ?」

「それは……私に恋愛経験がないからであって……」


 笹田結奈さんには、彼氏がいない。

 嘘かもしれないけれど、とりあえず戸辺さんと呼んでいた男性は白の可能性が高いと心の中でガッツポーズをしながら、俺は笹田さんたちの話に耳を傾けた。


「大丈夫。私も処女だけど、エロゲー声優として稼ぎまくってるからぁ」

「ですよね! 恋愛経験がなくても仕事に支障はありませんよね!」


 大翔は相変わらず台本を読みふけっていて、話にはまったく関与してこない。

 それだけ仕事に夢中になっているわけであって、それはそれで羨ましくもある。

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