77通目【友の応援】
第13回ネット小説大賞で『代筆令嬢リゼットはくじけない』が入賞しました!
いつも更新するパワーをくださる読者の皆様のおかげです! 本当にありがとうございます!
半月以上離れていた伯爵邸に帰ると、使用人たちが勢ぞろいで出迎えてくれた。
ランドンによる放火で一部焼けた建物は綺麗に修繕され、使用人たちも怪我がなく全員無事だった。
庭のバラも変わらず美しく咲き誇っており、事件など何もなかったかのようでほっとする。
スカーレットも元通りの邸を見て嬉しそうだ。それがリゼットは何より嬉しい。
ウィリアムはいつも通り厳しい顔で警備の状況を確認し、兵の配置に指示を出している。
犯人は捕まったのでもう安心、とはならず油断しないところがウィリアムらしい。
「次に指南役で王宮に行く日は決まっているのかい?」
荷物を運びいれるメイドたちの手伝いをしようとすると、スカーレットに休むよう言われお茶に誘われた。
バラジャムの良い香りに誘われて、ふらふらと席に着く。
「王女殿下からは、ヘルツデンの王太子殿下からお返事が来るまで、しばらく休むよう言われました。私としては、お仕事がしたいのですが……」
「大変な目に遭ったんだ。レオンティーヌも心配しているんだよ。おとなしく休んでおきなさい」
スカーレットの言うことはもっともで、レオンティーヌの気遣いももちろんわかってはいる。
わかってはいるのだが、何もせずに休むのは落ち着かないのだ。
「はい……そうですよね。それまで、スカーレット様の代筆に専念できますし!」
「それはありがたいが、爵位継承の準備のほうが大事じゃないのかい?」
またもやもっともなことを言われ、リゼットはしょんぼりしながらカップを口に運ぶ。
せっかくのバラジャムの紅茶の味がよくわからないほど、心は憂鬱だった。
「私には、スカーレット様の代筆のほうが大事です……」
「仕方のない子だねぇ。じゃあ、あとで一通代筆を頼もうか」
「本当ですか!」
「ああ。だから元気を出しな。爵位を継げば当然生活に変化はあるし、子爵から引継ぎも受けなければならない。それでも大体のことは私も教えてやれるだろう」
無理はしないようゆっくりやろう。
テーブルの上でスカーレットに手を握られ、リゼットはその心遣いに感謝しながらうなずいた。
「私も協力するぞ」
「ウィリアム様」
警備の確認を終えたのか、ウィリアムがティールームに現れる。
リゼットの横に腰かけた軍人は胸の家紋章をリゼットに見せて肩をすくめる。
「私も子爵位で、一応公爵家の次期後継者という身だ。立場は似たようなものだろう」
「似て……いるでしょうか?」
王都から遠い田舎に小さな領地があるだけのフェロー子爵家と、鉱山を数多く有する広大な領地を持つロンダリエ公爵家では、比べるのもおこがましいのだが。
しかしウィリアムもスカーレットも、やることに大差はないと言う。本当だろうか。
「未知のものに対する不安は仕方ない。未知でなくなったとき、その不安は解消されるだろう」
「不安を感じるよりも、現実に忙殺されるようになったりな」
「それはそれで恐ろしいのですが……」
励まされているのか脅されているのかわからなくなったが、ふたりがいれば大丈夫だとリゼットも笑っていた。
知らないことを知れるのは良いことだ。爵位を持つ者の苦労も知れれば、より手紙の相手を思いやれるようになるだろう。
***
その夜、リゼットは再び月の見える窓辺で紅茶をいれた。
ワロキエ商会のジーンにもらった、月光薔薇の夜蜜をゆっくりと溶かす。
くるくるとスプーンでかき混ぜながら「聞きたかったのだけど……」とリゼット以外誰もいない部屋で呟く。
「もしかして、さらわれた時に“目をつぶって”と声をかけてくれたのは、あなた?」
集合住宅の一室に連れこまれ、ランドンという男に襲われそうになったときのことを思い出す。
妖精の羽の音とともに、子どものような澄んだ声が言ったのだ。
言われた通り目とつぶった直後、ウィリアムがロープを使って窓を割り、助けにきてくれた。
スプーンを置き、紅茶の水面が静まるのを待つ。
「あの声のおかげで、ガラスの破片で目を傷つけずに済んだわ。ありがとう」
確信を持ってお礼を言うと、落ち着いていた紅茶の水面が揺れた。
やはり、あのときの声はずっとリゼットに寄り添ってくれている妖精のものだったのだろう。
いつもそばにいてくれる。危ないときは助けてくれる。
リゼットに妖精の力を貸してくれる、目には見えないが小さな存在。
いつからかはわからないが、間違いなく彼はリゼットの最初の友だちだ。
「……ねぇ。私、お父様の爵位を継ぐことになってしまったの。少し前までデビュタントもしていない、ただの子どもだったわたしが」
ティーカップの横に小さな友人がいる。その姿を想像しながら、ぽつぽつと語りかける。
妖精は人間の爵位になど興味はないだろうが、なんとなく、小さな友人は聞いてくれる気がした。
「私は手紙を書いていられればそれでよかったのだけど……。そういうわけにはいかないみたい」
相談というよりも愚痴のようになってしまい、苦笑いする。
小さな友人もあきれてしまうだろうか。
「私にできるかしら? こんな私でも……」
ため息をついたとき、シャランとあの繊細な妖精の羽音が耳に届いた。
まるで返事をしてくれたようなタイミングに、胸に温かいものが広がる。
「そう……あなたがそう言うなら、きっと大丈夫ね」
がんばるわ、と言うと、紅茶の水面がまた揺れた。
ゆらゆらと、水面に映る月が揺れ、柔らかな香りが立ちのぼる。
「ありがとう。覚悟が決まったわ!」
紅茶を飲み干すと、リゼットは母の形見の文机に向かった。
小さな花をつけたローズマリーの絵が描かれているレターセットを広げる。
封蝋にはリゼットの印章を使おう。こんなに素敵な印章を作ったのだと、もう一人前なのだと父に知ってもらうために。
「親愛なるお父様……そろそろ、お庭のローズマリーが見頃の……」
父に会いに行こう。会ってきちんと話をしよう。
聞きたいことを聞いて、ずっと言いたかったことも言う。
家族とは、そういうものだと思うから。
そして気落ちしていた父に元気になってもらいたい。娘としてそれができるだろうか。
不安な気持ちが文字に伝わるようだ。
微かな羽音が、リゼットをはげますようにシャランと鳴った。




