【王宮女子会】
さすがにそこまでは王太子も思ってはいないだろう。そう言いかけたリゼットだったが、思っている可能性も捨てきれないので口に出すことはできなかった。
「すべての男性がそのような考えではないはずです。心から女性に敬意を払われる方はたくさんいらっしゃいますよ」
「フェロー子爵令嬢……」
「どうぞリゼットとお呼びください」
笑顔で言ったリゼットに、エルヴィールははにかみながら「リゼット様、ありがとう」と返してくれた。
何だかとてもお友だちになれそうな予感がする! とリゼットが嬉しくなったとき、黙って聞いていたレオンティーヌが「ずるいですわ」と口を尖らせた。
「私も名前をお呼びしたいです。でも、先生は先生ですし……リゼット先生とお呼びしても?」
「光栄です、王女殿下」
「リゼット先生もせっかくですから、レオンティーヌとお呼びください。私は先生の生徒ですもの」
「えっ⁉ で、では……レオンティーヌ、様?」
「嬉しいです、リゼット先生。エルヴィール嬢も、良ければ気軽に呼んでくださる? 私的な場だけで構いませんから」
王女に言われてエルヴィールは恐縮しきっていたが、茶菓子が半分になる頃には三人は気の置けない友人のように名前を呼び合う仲になっていた。
「まぁ! では、リゼット様はアンベール子爵とそれほど仲睦まじいというのに、まだ恋仲ではないとおっしゃるの?」
「こ、恋仲だなんて、そんな……。私がスカーレット様の代筆者なので、孫であるウィリアム様が気にかけてくださっているだけで」
「でもそこまでされたら、好きになってしまうものではなくて?」
レオンティーヌがウィリアムとの関係がどんなものであるかエルヴィールに話してしまい、質問攻めにあったリゼットは、気づけば舞踏会でのやり取りまで話すはめになっていた。
ふたりは頬を染めながら小さな悲鳴をあげたり前のめりになったりと、リゼットの話を夢中で聞いては、信じられないと顔を見合わせる。
「私なら、プロポーズを受けたものと勘違いしてしまいますわ」
「これでお付き合いをしていないだなんて、アンベール子爵は腑抜けなのかしら」
こうなったら絶対にウィリアムから告白されるような流れに持っていくべきだ。
ふたりに力説され、リゼットはお茶会が終わり自室に戻る頃にはすっかりくたくたになっていた。
「そんなにおかしなことかしら……?」
ふたりの様子から、ウィリアムとの仲が普通ではないと言われているようで少し不安になる。
だが、リゼットはいまのウィリアムとの関係が好きだ。こうして離れてみてから交わすようになった、手紙のやり取りも楽しい。不安なことなど何もないのだ。
ずっとこのまま、ウィリアムと笑い合って過ごせたらいいのに。
そんな風に考えたとき、テーブルに置かれた手紙に気がついた。いつも手紙を届けてくれる侍女が置いて行ってくれたのだろう。
何気なく手に取り差出人を確認したリゼットは、目を見開く。
そこには『シャルル・デュシャン』の名前が記されていた。
***
いつぞやの外交官たちが、額を合わせるようにして手紙を覗きこんでいる。
王女宮生活五日目。今朝届いたヘルツデン王太子の手紙を確認しに、外交官たちが王女の執務室を訪れていた。
あれこれ話し合った彼らは、興奮した様子で「これは間違いございません」とリゼットたちを振り向いた。
「フェロー女史のおっしゃっていた通り、ヘルツデンの王太子殿下は古い習わしを手紙に用いられていたようでございます」
「さすがフェロー女史ですね」
「素晴らしいことです」
前回会ったときの呼び方はリゼット嬢だったのが、フェロー女史に変わっている。何だか認めてもらえたようで、面映ゆい。
外交官たちから手紙と、その翻訳を書いた紙を受け取り、レオンティーヌはじっくりと読み比べている。
前回リゼットがヘルツデン語で手紙の代筆をしたからか、ヘルツデンの王太子もヘルツデン語で返事をくれたのだ。
翻訳だけを読むのではなく、実際の手紙と照らし合わせている王女が素敵だと思う。婚約者からの手紙を心待ちにしていたのだろう。
(いまならレオンティーヌ様のお気持ちが、ちょっとわかってしまうわ)
リゼットの頭に浮かぶのは、筆不精の軍神の姿だ。
筆不精なりに、リゼットの質問や話題に丁寧に答えようとしてくれるウィリアムからの手紙は、リゼットの一番の楽しみなのである。
「本当だわ……。“我が国の文化に寄り添おうとしてくれる、貴女の心が好ましい”ですって」
「良かったですね、レオンティーヌ様!」
「リゼット先生のおかげです。先生が古い習わしについて提案してくださったから、ヨハネス殿下に喜んでいただけました」
本当に嬉しそうなレオンティーヌの笑顔に、リゼットも幸せな気持ちになる。
今回のことはしっかりと記録に残しておかなければ。そう言って、後日リゼットに外務部に来てほしいと頼むと彼らは本宮へと戻っていった。
何やら代筆とは関係のない仕事のように感じるが、自分が役に立てるのならいいか。
そんな気持ちでいたリゼットを、レオンティーヌが心配そうに見た。
「リゼット先生。今回のことだけなら構いませんが、頻繁に外務部に呼び出されるようならお気をつけくださいね。お兄様が何か企まないとも限りません」
「はっ! そ、そうですね。今回だけと条件を付けさせていただこうと思います。そこまで考えが至りませんでした」
「……やっぱり、心配だわ。私がヘルツデンに嫁いだあと、リゼット先生をお兄様から守れる方がいらっしゃらないと。こうなったら一日も早く、アンベール子爵にプロポーズをしていただかなくては」
「レ、レオンティーヌ様。私とウィリアム様はそのような関係では……」
「まだ、そのような関係でないことが問題なのです! いずれなるのだから、早まっても何も問題はございませんでしょう?」
王女は迷いなく言い切っているが、言っていることがめちゃくちゃだ。いずれそういう関係になると決まっているわけではないのに、問題ありまくりである。
よくわからないがレオンティーヌが興奮しながら意気込んでいるところに、噂のウィリアムが王女宮を訪れたのは、タイミングが良いのか悪いのか。
応接間まで移動したリゼットについてきた王女は、部屋に通されたウィリアムに向かって開口一番「男を見せてくださいね!」と指を突きつけた。
困惑するウィリアムに、レオンティーヌはなおも続ける。
「早くしないと、お兄様だけではなくどんどん邪魔者が現れるのは間違いありません。リゼット先生はこんなにも優秀で真っすぐで愛らしい方なのですもの。すでに外務部の方々はリゼット先生に夢中ですし、宮廷で評判になるのも時間の問題――」
「レ、レオンティーヌ様! 国王陛下とのご会談のお時間では?」
慌ててリゼットが止めると、侍女たちにも促され、レオンティーヌは渋々父王に会いに向かった。
部屋を出るとき「私が壁になれるのは、この国にいる間だけですよ」とウィリアムに釘をさすかのようなセリフを残して。
「……一体、何があったんだ? また王太子殿下が干渉してきたのか」
「いえ! 先ほどヘルツデンの王太子殿下からお手紙が届いたので、興奮されていただけかと思います。そんなことより、何か御用でしょうか?」
「ああ。お祖母様からこれを預かってきた」
「スカーレット様から、手紙……ですか?」
「以前出した手紙の返事がきたそうだ。リゼットにも読ませてやってほしいと」
ウィリアムが胸元から出したのは、柔らかなペールピンクの手紙だった。そこに柔らかなタッチで白い鳩が描かれている。
「もしかして、ミギス出身のご友人からのお手紙でしょうか? 初孫が生まれるとおっしゃっていた」
「よくわかったな。その通りだ。無事生まれたらしい」
「それは良かったです! 白い鳩はミギスでは幸福の象徴とされているので、ピンときたのです」
「白い鳩が? そうなのか。ルマニフィカでは幸福の象徴といえば青い蝶だが、国によって違うのだな」
さすがよく知っている、と褒められリゼットは誇らしい気持ちになる。




