【騎士と面会】
そう言うと、侍従は紅茶や茶菓子を用意し退出していった。
呼びつけておいて主は不在か。まあ、それもいつものことだ。
ウィリアムは短くため息をつき、ソファーに腰かける。胸元からリゼットの手紙を取り出し、先ほどの思考の続きを開始した。どんなことを書けば、リゼットが喜んでくれるのか。
リゼットと言えばやはり手紙だ。いつも同じ便せんだから、違うものを用意してみるか。
それともリゼットが好きそうな本の話をするか。しかしウィリアムは軍や戦術に関する本しか読んだことがない。
こんなことなら、筆記用具を持ってくれば良かったか。王太子を待っている間、案を書き留められたのに。
そう考えていたウィリアムだったが、真上にあった太陽の位置が大きく傾いても、王太子は一向に現れなかった。いくら何でも遅すぎる。
これ以上待たなければならないのなら、日を改めてもらおう。そう思い、ウィリアムは部屋の呼び鈴を鳴らした。
だが、いつもならすぐに飛んでくるはずの侍従が来る気配がない。さすがにおかしい、とウィリアムは立ち上がる。通されたのが一階の応接間でも、二階の王太子の執務室でもなかったのも妙だ。
「おい。誰かいないか」
廊下に控えているだろう侍従に声をかけ、扉を開こうとしたウィリアムだったが、ノブに手が触れる前にガチャンと鍵のかかる音がした。
「……は?」
一応、ノブを回してみる。しかしやはり鍵がかけられていた。
王太子宮の一室に閉じこめられた。一体なぜ。
ウィリアムは自分以外誰もいない部屋を振り返り、今度は何の冗談なのかとため息をつくのだった。
*****
王女宮の廊下の角を曲がったところで、誰かとぶつかってしまった。
目に入ったのは白い騎士服。謝ろうと顔を上げるより先に「リゼット嬢?」と名前を呼ばれ驚く。
「あ……ヘンリー様。申し訳ありません、私の不注意でぶつかってしまい」
「いやいや、お互い様です。お怪我はございませんか、お嬢様?」
芝居がかった様子のヘンリーに右手を取られ、リゼットはくすくす笑う。
柔らかで落ち着いた印象の近衛騎士が多い中、ヘンリーはどちらかというと気さくでくだけた印象があり、リゼットもあまり緊張することなく接することができた。
ウィリアムの親友だからというのもあるかもしれない。ウィリアム本人はそれを強く否定するけれど。
「お急ぎのようでしたが、どちらへ?」
「入口の待機室です。来客があって……」
「待機室? 応接室ではなく? 失礼ですが、お相手は?」
「ええと……」
いつもの人好きのする笑みは消え、真剣な顔つきになったヘンリーは誤魔化せない。
仕方なく、リゼットは来客が幼なじみであるシャルル・デュシャンだと告白した。その途端、ヘンリーの表情が険しいものになる。
シャルルからの『会えないか』という手紙に、リゼットは王女宮から出ることは出来ないので、待機室で会うのはどうかと返事をしていた。
待機室というのはその名の通り、王女宮に入る申請をした者が、許可が下りるのを待つ場所のことである。王女宮入口の受付横に位置し、王女宮の外と中を繋ぐ境界のような空間となっている。
「王太子殿下付きの近衛騎士ですね? 選定の日に問題を起こした。このこと、ウィリアムは知っているのですか?」
「いえ……でも、もうあのようなことにはならないと思います! 謹慎を終えて、反省していると手紙にもありましたし……」
「失礼ですが、反省とは言葉で示すものではなく、行動で示すもの。幼なじみを信じたいお気持ちは理解できますが、あまりに不用心ではありませんか?」
「う……。ヘンリー様のおっしゃる通りです」
忙しいウィリアムの手を煩わせることなく、自分でシャルルとの問題を終わらせてみせる。一人前の淑女として、頼ってばかりではいられない。
そんな気持ちでいたが、不用心であるのは確かだ。もちろん警備している衛兵がいるので、ひと声かけてからシャルルと対面するつもりではあったが、言い訳にもならないだろう。
上手くいったとしても、ウィリアムに知られればきっととても怒られる。
冷静になると、怒れる軍神様のこめかみに浮かぶ血管まで想像できてしまい、ぶるりと震えた。
「では、こうするのはどうでしょう。私が待機室までご一緒するというのは?」
「え……でも、ヘンリー様にもお仕事がおありでしょう?」
「それが、ちょうど休憩に入ったところでして。同席をお許しいただけるのなら、このままエスコートをしても?」
流れるように左腕を出され、リゼットはほっとして笑顔で手を添えた。さすが騎士様、エスコートが手慣れている。
王女の近衛騎士の前では、シャルルも何かしようなどとは思わないだろう。あの日のように興奮することがあったとしても、ヘンリーが同席していれば歯止めがかかるはず。
そんな風に考えてしまうこと自体、幼なじみのシャルルに対して失礼ではないか。と、申し訳ない気持ちにもなるのだが、いまリゼットにとってはウィリアムがどう思うか、ウィリアムが悲しまないかということのほうが重要になっていた。
「……と、少々失礼」
待機室の前まで来て、ヘンリーは近くにいた衛兵に声をかけていた。
ヘンリーが戻るのを待ち、待機室の扉をノックする。すぐに返事があり中に入ると、正面奥に開いた窓から外を眺めているシャルルの姿があった。
「シャルルお兄様」
「……やあ、リゼット。待っていたよ」
にこやかに言うと、シャルルはリゼットの背後に立つヘンリーを見て軽く騎士の会釈をした。ヘンリーも同じように黙って会釈を返す。
「出来れば、ふたりきりで話しをしたかったんだけど」
「申し訳ないが、それは承服しかねる。これは王女殿下のご意思でもあるので、理解いただきたい」
リゼットより先に、ヘンリーがそう答えていた。
いまレオンティーヌは本宮に呼び出されており不在だ。そのレオンティーヌからは、面会の申しこみには気を付けるよう言われてはいたが、シャルルとふたりきりにならないようにとは言われていない。
本当にレオンティーヌが言っていたのか、ヘンリーの独断なのかはわからないが、リゼットは何も言わないことでヘンリーに合わせる姿勢をとった。
「それならば仕方ない。ここは王女宮だ。そちらの意志に従おう」
シャルルに促され、花柄の布張りの椅子に腰かける。ヘンリーは座らず、一歩下がりリゼットの背後で直立不動の姿勢をとった。
ちらりとそちらを見ただけで、シャルルは言及することなくゆっくりと話し始めた。
「王女宮に滞在していると聞いて、驚いたよ。代筆として、王女殿下に立派にお仕えしているんだね」
「はい。滞在と言っても一時的なもので、明日で最後なのです。明日が終わればスカーレット様……ハロウズ伯爵邸に戻ることになっています」
「そうか。……子爵邸には、帰らないんだね」
「お兄様……。家を出るとき、シャルルお兄様に何の相談もせずごめんなさい。でも、私は後悔はしておりません。スカーレット様のもとでまだまだ学びたいことがたくさんあるのです。そしていずれ独り立ちをして――」
「わかってる。わかってるよ、リゼット。すまない。あの日、君にひどいことを言った。謝るべきなのは僕のほうだ。君から届いた手紙にも返事をせず、本当にごめん。何を書いたらいいのかわからなかったんだ。君を失うのかと思うと、僕は……」
俯いたシャルルの声は震えていた。その姿に、リゼットは何と声をかけるべきかわからない。
リゼットにとって、自分の家を出たことはもう終わった過去のことだが、シャルルにとってはそうではないことは、幼なじみの様子を見れば伝わってくる。
それでもやはり、リゼットにとっては過去なのだ。
「……後悔してるんだ。僕は、リゼットの境遇を知りながら、僕の都合で気付かない振りをした。それは君にとってひどい裏切りだっただろう。きっと君は僕に失望しただろうね」
「それは……」
「いいんだ、わかってる。当然のことだ。僕は嫌われて当然のことをした。本当は僕が君をあの家から救い出さなきゃいけなかったのに、僕は自信がなくてそれを先延ばしにした。もっと、君を守る力をつけてからじゃないと……ってね」
自嘲するように笑うと、シャルルは深いため息をついて、リゼットを見た。
真っ直ぐな瞳にどきりとする。以前のシャルルはいつだって穏やかな目をしていた。理想の貴公子を具現化したような幼なじみが、いま目の前でリゼットの知らない顔をしている。
「リゼット。もし……僕が何もかもを捨てて遠くに行くと言ったら、ついて来てくれる?」




