【軍神の手紙】
「えっ。ま、魔法?」
いつから自分は魔法使いになったのだろう。
あくまでも祈りの力を持っているのは妖精で、リゼットはその妖精から力を借りているだけに過ぎないのだが。
(きっと王女殿下と妖精について話しているときに部屋にいた、他の侍女から話を聞いたのね)
王女宮の外に情報をもらす侍女はいないだろうが、侍女同士で情報を共有することはあるのだろう。
それについて思うところはないが、クラリスから期待の眼差しを向けられて、どう答えていいものか悩む。
「ええと……なぜそのようなことをお聞きに?」
「それは……」
「ご安心ください。口外はいたしません。何か私にお力になれることがあるのでしょうか?」
震えるクラリスの手を取り、優しく問いかける。
するとクラリスは涙目で「実は、代筆をお願いしたいのです」と話してくれた。
何でも、離れた領地にいる母親が病に倒れてしまったらしい。大したことはないから心配するなと連絡はあったが、無理をして本当のことを隠しがちな母だから不安なのだという。
母の元に駆け付けたいところではあるが、レオンティーヌの婚約が決まり輿入れの準備が進む中、仕事を辞めて領地に戻るわけにもいかない。
「それで、私に代筆を……」
「はい。フェロー先生はお手紙で相手に祝福を届けることができると聞きました。王女殿下の指南役である先生に、私のようなものが個人的な依頼をするなんて、図々しいことだとわかってはいるのですが――」
「クラリス様」
大丈夫です、とリゼットはクラリスの手をしっかりと握りしめる。
こんな風に必死な様子で代筆を願われて、何を迷うことがあるだろう。
「あなたの代筆、お引き受けいたします」
「ほ、本当ですか……?」
「はい! 私は魔法が使えるわけでも、万能なわけでもありませんが」
もちろんわかっている、とクラリスはうなずく。
魔法が使えるなどと本気で信じたわけではないのだろう。ただ、藁にもすがる思いでリゼットに声をかけたのだ。
だから藁にも出来ることを、精一杯やろう。
「クラリス様の祈りを、しっかりお手紙にこめさせていただきますね」
その日から、リゼットの噂を聞きつけた王女宮で働く者が、ひとり、またひとりと代筆の依頼を持ち込んでくるようになった。
***
王女宮に移った日、明日も来ると言っていたウィリアムだったが、夕刻になっても姿を現さなかった。
代わりに届いたのが、ロンダリエ公爵家からの手紙だ。差出人はウィリアム。あのウィリアムが、リゼットに手紙を書いてくれたのだ。
実は朝いちばんに、ロンダリエ公爵家に手紙を出していた。それを受け取り、すぐに返事を書いてくれたということだろう。
鷹の印章が押された封蝋にドキドキしながら、ペーパーナイフを入れた。
軍人が持つのはペンではなく剣、もしくは銃だ。そう言い切っていたウィリアムは一体どんな手紙を書いてくれたのだろう。
「……まあ」
入っていた便せんは一枚。
しかも、たった数行。
『手紙をありがとう。リゼットの気持ちは伝わった。
今日はそちらには行かないことにする。また手紙をくれると嬉しい』
「ふ……ふふっ! ふふふふふっ!」
何ともウィリアムらしい堅い文面に、笑いがこみ上げてくる。
ウィリアムをよく知らない人間が読めば、なんとも素っ気ない手紙に見えるだろう。だがリゼットの頭には、苦手な手紙を前にして必死に考えて書いているウィリアムの姿が浮かんだ。
最後に『文字で言葉を伝えられるのも、存外嬉しいものだな』とあった。
リゼットの気持ちが伝わったのだ。それをウィリアムが喜んでくれたことがリゼットも嬉しい。
封筒も便せんも、飾りを極限まで省いた、ロンダリエの紋章が箔押しされているだけのシンプルなものだ。質実剛健のロンダリエらしいレターセットである。
「次は、こちらから色々質問すれば、ウィリアム様もお返事を書きやすいかも」
何を食べたか、スカーレットやグレースはどう過ごしているか、些細な日常について聞いてみよう。こちらの心配をしないように、王女宮での出来事も書こう。
王女宮で代筆の依頼を受けたと言ったら、がんばっているなと誇らしく思ってくれるだろうか。
ウィリアムがそばにいない寂しさや心もとなさがないわけではないが、手紙のやり取りができる新鮮さがリゼットを夢中にさせた。
それに、傍にいないことでこれまでよりもずっと相手のことを考えている。
会えない時間のぶんだけ思いが募ると言ったのは、どこの詩人だったか。
リゼットは早速、ウィリアムへの返事を書くために文机に向かうのだった。
***
商会長が大きな鞄を開くと、現れたものにリゼットは目が釘付けになった。
王女宮生活三日目。
応接室には王室御用達のミュッセ商会、商会長が参宮していた。ヘルツデンの王太子と手紙のやり取りをする王女のために、新たな文房具を仕入れてきたらしい。
運よく商談の場に同席できることになり、リゼットは朝から興奮を抑えられずにいる。まさかミュッセ商会の品をこの目で見ることができるとは。
王都に数ある商会の中でも、ミュッセ商会は最も古くから王室と取引のある、格式高い商会だ。貴族の中でも選ばれた者しか取引出来ないと聞いたことがある。
ミュッセの商会長は意外なことに女性だった。女性の経営者はとても珍しい。
黒のひっつめ髪に、細い縁の眼鏡をかけた、すらりとした長身の美女。服装はきっちりとしているが飾り気がなく、超高級店の経営者とは思えないほど地味だ。
だが身に着けているものの素材はどれも一級品だとわかる。薄化粧の顔に浮かぶ微笑みは控えめだが、眼光は鋭くただ者ではない雰囲気を感じた。
「商会長。こちらは私の指南役兼代筆者のリゼット・フェロー先生です」
王女の紹介で、こちらを見た商会長の眼鏡の奥の瞳がきらりと光った。
「お噂はかねがね。商会長のアナ=マリア・ミュッセと申します。お会いできて光栄ですわ」
「リゼット・フェローです。こちらこそ。本日の同席をお許しいただき感謝いたします」
笑顔で握手を交わしたあと、すぐに商談に移った。
ミュッセ商会長の鞄の中から現れたレターセットやインク、蝋が次々と並べられていく。
ミュッセ商会は銀のケースで揃えているようで、商会のシグネットである百合の花が彫られたインクの蓋、レターセットのリボンに心のときめきが止まらない。
(素敵……! 出来ることなら、私も個人的に購入したい! でもこんなに可愛いのに、私には絶対買えない可愛くないお値段……!)
さすが王室御用達のミュッセ商会だ。どれもとてもじゃないが、駆け出し代筆者のリゼットには簡単に出すことのできない値段となっている。
侍女に渡された商品一覧表を見せてもらったリゼットは、ゼロの多さに目が回ったほどだ。
「今日は、特にレターセットが見たいの」
「たくさんご用意しております。王女殿下のお好みに合えばよろしいのですが」
レオンティーヌはテーブルに並べられたものをじっくり眺めている。
リゼットももっと近くで眺めたくてうずうずした。手に取って触りたい。ひっくり返して裏側も見たい。匂いだってかいでみたいし――。
「フェロー先生。先生はどれがいいと思われますか?」
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