【三蹟と弟子たち】
スカーレットが顔をしかめたので、リゼットとララがその視線を追うと、こちらに向かってくる複数の男女がいた。
その中のひとりに見覚えがあったので、リゼットは思わず「ルーク様!」と喜びの声を上げた。
眼鏡をかけた細身の青年はルーク・ペシオ。こちらも三蹟のひとりカヴェニャークの弟子だ。
ということは、彼と一緒にいる白い口髭を丁寧に整えた男性は――。
「カヴェニャーク。珍しいじゃないか、お前が王宮の宴に参加するなんて」
スカーレットの挨拶とも言えない軽い嫌味に、カヴェニャークと呼ばれた厳しい顔の口髭の男性は「うむ」と短く返す。
「ハロウズ。君も元気そうで何よりだが、そろそろ互いに後進に道を譲るべきではないか」
「……何が言いたい?」
「君の弟子を見に来た」
じろり、とカヴェニャークに視線を向けられ、リゼットはウィリアムにしがみつきそうになるのを堪えて背筋を伸ばす。
「君がリゼット・フェローか」
「は、はい! はじめておめもじつかまつります! カヴェニャーク様にお会いできて大変こうえ」
「私の弟子を差し置いて王女殿下の指南役に抜擢されたという」
「あわわわ申し訳ありませんっ」
眼光の強さに思わず謝ってしまったリゼットを、スカーレットが「何を謝る」とたしなめた。
その通りで、謝る必要がないことはわかっているのだが、カヴェニャークに睨まれて自然と頭を下げてしまったのだ。
「リゼットが謝る必要はない。カヴェニャーク。うちの弟子を威圧するんじゃない」
「む。事実を言ったまでだ」
師匠同士の会話に口を挟めないルークが、こっそり「すまない。師に悪気はない」と謝ってくれる。見た目と口調で誤解されやすいが、三蹟がひとりカヴェニャークは実直で情の深い人だという。
「相変わらずカヴェニャークは言葉足らずねぇ」
カヴェニャークの後ろにいて見えなかったが、小柄でカーリーなグレーヘアの女性がそう言ってほがらかに笑った。
今度はララが「うちの師匠よ」と耳打ちしてくる。あれが最後の三蹟、ラビヨンか。
(すごい……憧れの三蹟がいま目の前にいるなんて!)
感動に打ち震えるリゼットは、つい祈りの手で神に感謝し、ララにあきれられてしまった。
「言葉を操る者が言葉足らずなんて、お笑い種だわぁ。そんなだからハロウズに嫌われちゃうのよ~」
祈りの形のまま、リゼットは「ん?」と瞬きする。
おっとりとした喋り方なので聞き流してしまいそうになったが、ラビヨンの言っていることが棘だらけに聞こえる。気のせいかと思ったが、隣でララがため息をついているので、おそらく気のせいではないのだろう。
「私はいつも皆の平和と安全を願っている。嫌われてはいない」
「まぁ。まだ気づかないなんて、そんなに鈍感で同じ三蹟として心配になるわ~」
「ラビヨン。君もそろそろ落ち着くといい」
「あら、嫌味かしらぁ? 私は若い頃からこうだし、死ぬまでこうよ。本当、余計なお世話だわ~」
「おやめ。若い者たちの前でみっともない」
「そうだ。ハロウズも弟子が出来たのだからこのような場にはもう出る必要はないだろう」
「これ、ハロウズの身体を心配しての言葉だから笑ってしまうわよねぇ」
「言われなくてもわかっている。私を年寄扱いするな」
三蹟のかみ合っているような、まったくかみ合っていないような会話を、弟子たちはハラハラしながらも黙って聞いているしかない。
リゼットが予想していた通り、三蹟はあまり仲がよろしくはないようだ。ケンカするほど仲が良い、というのとも少々違う気がする。これは恐らく相性の問題なのだろう。
ロンダリエ一族には見慣れた光景なのか、誰も口出しせず「やれやれ」という顔で見守っている。昔から三人はこういう関係だったようだ。
ぜひ三蹟に会えたら聞いてみたいことがたくさんあったが、こんな雰囲気ではとても無理そうだ。
残念に思っていると、ララが「今度、改めて師を紹介するわ」と言ってくれた。ルークも同じように言ってくれたので、リゼットもぜひスカーレットにも紹介させてほしいと返す。
まだ公爵邸にお世話になっている状況なので、いつになるかはわからないがと言うと、ふたりとも無理はしないよう年長者らしく気遣ってくれた。
三蹟たちが結局「フン!」と顔を背けて別れたので、弟子たちは苦笑しながらそれぞれ師を追っていった。
「落ち着いたら、一緒に文具店を回らない?」
別れ際、ララが誘ってくれたのが涙が出るほど嬉しかった。おすすめの文具店を紹介してくれるという。ルークはあとでダンスに誘うと約束してくれた。もしかしたらウィリアムと踊ったあとは誰にもダンスに誘われないかもしれないと思っていたので、心から感謝したリゼットだ。
それをスカーレットに報告すると、若干気まずげな顔で「良かったね」と頭を撫でられた。
ウィリアム曰く、師匠同士が不仲なのできまりが悪いのだろうとのことで、思わずリゼットが笑ってしまったとき、宮廷楽団のファンファーレが大広間に鳴り響いた。
「王家の登場だ」
「ルマニフィカの沈まぬ太陽、国王陛下のお成りです」
明るく華やかな演奏とともに、聖樹の奥の二階から、国王一家が姿を現した。
歓声と拍手に応え手を振る彼らは皆金髪で、太陽の一族と呼ばれる理由がよくわかる眩く煌びやかな容姿をしている。
リゼットは国王夫妻の姿をはじめて見たが、ふたりとも若々しく、また王太子アンリと王女レオンティーヌにとてもよく似ていた。王子と王女の未来の姿を見たような気分になる。
レオンティーヌと目が合った気がして、リゼットはそっと会釈をする。気のせいでなければレオンティーヌは応えるように、こちらに向かって笑顔で手を振ってくれた。
それにアンリも気づいたのか、王太子スマイルで手を振ってくる。反射でリゼットが会釈を返す前に、ウィリアムが「相手にするな」と背中に隠してくれた。
ウィリアムの気遣いは嬉しいのだが、あの王太子はこちらがどんな反応をしても面白がる気がする。
本当は無視するのが一番なのだろうが、相手が次期国王となるとそれも難しい。まったく困った人である。
「皆、今宵はよく集まってくれた。我が娘レオンティーヌと、ヘルツデンの王太子との婚約が決まった。どうか皆、華麗なダンスで娘の婚約を祝ってくれ」
厳かな空気の中、国王が挨拶を終えると、今夜の主役であるレオンティーヌが階段を駆け下りてきた。
貴族たちに囲まれる前に、王女はこちらに真っすぐドレスを翻し駆けてくると、そのままリゼットに勢いよく抱き着いてきた。
「フェロー先生!」
「お、王女殿下⁉」
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