【妖精友だち】
シルクのハンカチをジーンに投げ返したウィリアムに、ジーンは気にした様子もなくにこにこと微笑んでいた。
そのあとは様々な形の印章見本を見せてもらい、スカーレットとも相談した結果、リゼットは羽ペンを自分の印章とすることに決めた。
ただの羽ペンではなく、妖精の羽のペンだ。
母セリーヌが羽ペンの印章を使用していたので、それに似せたデザインにしてある。母と妖精のふたりへの感謝を込めたデザインだ。
皆、良いデザインだと褒めてくれて、リゼットは大満足で注文書にサインをした。
ちなみに注文書の金額は、ゼロが見たこともないほど並んでいた。途中で数えるのが怖くなったので、正しい金額はわからない。
スカーレットは必要経費だと言うので、出世払いでとお願いしたのだが……どれくらい出世すればいいのか、リゼットには見当もつかなかった。
少し疲れた様子のスカーレットをウィリアムに任せ、リゼットはジーンを見送りに出た。
「リゼット様。お時間がございましたら、ぜひうちの本店にお越しください。リゼット様にご覧いただきたいものがたくさんございます」
妖精が好む木材を使ったペン軸に、妖精の好きな香りのインク、妖精文字と言われる不思議な模様が刻まれたペーパーウェイト。
文具に限らずベルやキャンドル等の日用品と、商会では様々なものを取りそろえているという。
「わぁ……素敵ですね! 私、妖精のことをあまり知らなくて……」
「私でよろしければ、いくらでも妖精についてお話いたしましょう」
「本当ですか?」
「ええ。妖精の話ができる相手はそう多くありませんので、私はいつだって話し相手に飢えているのです。ですからリゼット様、ご迷惑でなければ私の妖精友だちになってはいただけませんか?」
妖精友だち、と聞きなれない言葉にリゼットは目を瞬く。
「妖精の話をする友だち、ということですか? 私でよろしいのですか?」
「リゼット様がお嫌でなければ」
ぱぁっと顔を輝かせ、リゼットはジーンの手を握った。
生まれて初めて友人ができた。妖精に詳しい商会長と友だちになるなんて、子爵邸で引きこもっていた頃には想像もできなかったことだ。
「嬉しいです! よろしくお願いいたします、ジーンさん!」
「こちらこそ、リゼット様。当店でお買い物の際は、お友だち価格でご提供いたしますよ」
「まぁ、ふふ。それはいけません! お支払いはきちんといたします。あ、でも、実はスカーレット様には内緒でお願いしたいことがありまして……」
首をかしげるジーンに、リゼットは辺りを見回してから顔を寄せて声をひそめた。
先ほどの印章のデザインを、一部変更したいのだと。
「ペン先の下に、小さなバラの絵を入れることはできますか?」
「バラ……なるほど。スカーレット様の象徴ですね?」
「はい。母と、妖精さんと同じくらい、スカーレット様にも救われたので。感謝の気持ちを忘れないという意味で、バラを入れたいなと……。欲張りでしょうか?」
リゼットは少し不安になって聞いたが、ジーンは笑顔で首を振る。
「いいえ。バラを小さく入れるだけなら、すっきりとした印象のままに出来ると思いますよ。いくつか意匠案をご用意しておきましょう。スカーレット様には内密に、リゼット様おひとりでご来店することは可能ですか?」
「こっそりひとりで行くんですね……やってみます!」
まともにひとりで出かけたことのないリゼットにとっては、かなり難易度の高いミッションである。
だがひとりでおでかけ、と考えると不安以上にわくわくした。大人なレディはひとり歩きくらいお手の物でなくては。
よろしくお願いします、と握手を交わしたとき「何をしている?」と背中から声がかかった。
振り返るとウィリアムが軍神様がご降臨したような顔でこちらを睨んでいた。
「ウィリアム様。スカーレット様は大丈夫でしょうか?」
「少し部屋で眠るそうだ。それよりいま……」
「商談成立のご挨拶をしていたところです。それではリゼット様。次にお会いできるときを楽しみにしておりますね」
三日月の目で微笑んだまま、ジーンはリゼットの手をとると、甲にそっと口づけた。
ただの挨拶だとわかっていても、男性に触れられ慣れていないリゼットはかちんと固まってしまう。
「ワロキエ……」
「ウィリアム様、スカーレット様によろしくお伝えください。では、本日はワロキエ商会をご利用いただきありがとうございました」
失礼いたします、とジーンは商会の馬車に乗りこみ風のように去っていった。
何だか不思議な雰囲気の人だ。妖精が人間になったらジーンのようなのではないだろうか。素敵な人とお友だちになってしまった、とリゼットはジーンの繊細な美貌を思い出し笑みを浮かべた。
「随分仲良くなったようだな」
低い声がしてウィリアムを見上げると、厳しい顔つきで腕を組んでいる。
もしかして、内緒話をしていたところを見られてしまっただろうか。
「ジーンさんは妖精のお話が出来る相手を探していたそうです。私が妖精のことを知りたがっていたらお友だちになってくれました!」
「ほぉ……?」
「妖精にまつわる商品を取り扱っているということは、お店にも妖精さんがいたりするのでしょうか? どんなお店なのでしょう。印章も完成が楽しみで楽しみで……」
「そんなに楽しみか。それなら図書館は行かなくてもいいな」
なぜか突然意地悪めいたことを言われ、リゼットは慌ててウィリアムの前に回りこんだ。
「そ、それって、王立図書館のことですか⁉」
「ああ。だが別に行きたくないのなら――」
「行きたいです! とってもとっても行きたいです!」
連れて行ってください! とつま先立ちをしながら手を挙げたリゼットに、ウィリアムはしかめっ面をふと和らげた。
そして上げていたリゼットの手をとると、甲にそっと口づけてくる。
先ほどジーンにされたのと、同じように。
「……それなら、私の気が変わらないうちに準備をしないとな?」
「い、いますぐ準備してきますっ」
ウィリアムの手から自分の手を引き抜くと、リゼットは脱兎のごとく駆けだした。
後ろから「転ぶなよ」という機嫌のよさそうな声がしたが、顔が赤くなっているのが自分でもわかったので振り返ることができなかった。
***
ルマニフィカ王国の王立図書館は、大陸一の蔵書数を誇り、貴重な歴史書、また人類と妖精が共生していた頃の資料も多数保管されているとされている。
基本的に許可証のない者は入館することが許されず、平民で入れる者はほとんどいない。
「アンベール子爵と、お連れ様が一名様ですね。お連れ様にはこちらの仮入館証をお持ちいただき、お帰りの際にこちらにお戻しください」
受付の図書館員に「ごゆっくりどうぞ」と見送られ、リゼットはウィリアムとともにとうとう憧れの王立図書館内へと足を踏み入れた。
「ふわぁ……!」




