【若き商会長】
落ち着いた口調だが、丁寧過ぎるゆえかどこか温度のない、形式的な挨拶に思える。三日月の形に固定された目元も営業用といった風だ。
しかしガラス細工のように繊細な美貌のせいか嫌な感じがない。元々人形めいているからかもしれない。
「ああ、ジーン。息災で何より。しかし随分と早い代替わりだったね」
「はい。父は希少な素材の探索や、仕入れ先の開拓に注力したいと以前から申しておりまして。現在は国外におります。スカーレット様が王都に帰還された旨を報せましたところ、お会いできないことを非常に残念がっておりました」
「先代が生きているならそれでいい。今日は道具の注文と、私の新しい家族を紹介したくて呼んだんだ」
「新しい家族、ですか」
ジーンと呼ばれた紳士がちらりとこちらを見た。
手招きされてリゼットが近づくと、スカーレットに肩を抱かれ紳士の前に立たされる。
「私の新しい家族で代筆者の、リゼット・フェローだ。リゼットこっちは懇意にしているワロキエ商会の商会長、ジーン・ワロキエだよ」
「お初にお目にかかります、リゼット様。ワロキエ商会のジーン・ワロキエと申します。どうぞジーンとお呼びください」
「初めまして、ジーンさん。スカーレット様の代筆者になりました、リゼット・フェローです。どうぞよろしくお願いいたします」
新しい家族、と紹介されたことに感動し、声が妙に弾んでしまった。
見抜かれたのか、ジーンがくすりと笑ったことに気づき、頬が熱くなる。
「失礼ですが、リゼット様はフェロー子爵のご親族では?」
「はい。確かにフェロー子爵は私の父です」
「では、やはりセリーヌ様のご息女でしたか。通りで面差しがよく似ていらっしゃる」
「ジーン様は母をご存じなのですか?」
聞けば、ジーンは十代前半の頃から祖父や父の仕事を手伝い、スカーレットの商談に立ち会うこともあったらしい。そこで母とも面識を持ったのだという。
「セリーヌ様のご息女がスカーレット様の代筆者となられるとは、大変喜ばしいことです。私も万感胸に迫る思いです。そして当商会を呼ばれたということは、もしかしてリゼット様も……?」
「ああ。この子にも妖精の力が宿っている」
「素晴らしい!」
突然ジーンが両腕を天井に向けて開き叫んだので、リゼットは驚いて肩が跳ねてしまった。
ウィリアムを見ると、また始まったというような顔をしている。
「また素晴らしい才能をお持ちの方に出会えたことを、神に感謝いたします!」
「か、神に……?」
「リゼット、気にするな。こいつはこういう奴だ」
ウィリアムのあきれたような声に、いつもこうなのかと驚きつつうなずいた。
「ご紹介いただき、心より御礼申し上げます、スカーレット様」
「落ち着きな、ジーン。リゼットが怖がっているだろう」
「これは失礼いたしました。リゼット様という新たなお得意様に出会えたこと、ワロキエ商会は神に感謝し、誠心誠意お取引きすることをここに誓います」
にこにこと笑顔を向けてくるジーンに、リゼットはお得意様とは? と頭を疑問符でいっぱいにする。いつ自分がお得意様になることが決まったのだろう。
まずは座ろうとスカーレットが着席を促し、ようやく落ち着いた会話が始まった。
聞けば、商会は三蹟御用達の、知る人ぞ知る変わった文具類を扱う店なのだそうだ。
しかし三蹟御用達ともなれば、箔がつき名も知れ渡りそうなものだが、そうはならない事情があった。
「ワロキエ商会は妖精の好む素材を使った商品を扱う、少々特殊な店なんだ」
「まあ、妖精の……!」
だから知る人ぞ知る、なのか。
妖精の力を知らない、宿ってもいない人が使っても、意味を成さない道具を扱っているのだ。
「妖精がまだ人と交流していた時代から、今日まで細々と運営いたしております」
「何が細々だよ。ワロキエの商品はどれも宝石並みに高額だろう」
「宝石以上に希少な素材を取り扱っておりますので」
宝石並みの価値の文具とは……と、リゼットは気が遠くなった。
しかし興味はとてつもなくある。お得意様になれるとは思わないが、いまも自分のそばにいてくれているのだろう妖精のことを考えると、彼にとって好ましいものを使うのはきっと良いことなのだろう。
「それで、本日はリゼット様が何かご入用で?」
「ああ。この子の印章を作りたい」
「えっ⁉ わ、私の印章ですか?」
「なるほど、印章ですか」
リゼットとジーンの声がかぶった。
印章とは、家門や個人を証明するための道具のことだ。スカーレットは薔薇が刻印されたシグネットリングを使用している。
リゼットも継母たちの代筆をするにあたり、フェロー家の印章を使っていた。それとは別に、母の形見の印章もある。
印章は、一人前の大人だけが持てる特別な証であり、リゼットの憧れのひとつでもあった。
その個人を象徴するリゼットだけの印章を作ってもいいというのか。
「デザインはもうお決まりでしょうか?」
「いや。見本の型を見せてから、リゼットに決めてもらおうと思ってね」
「スカーレット様……よろしいのですか? 私の印章なんて、そんな」
スカーレットは「まだ言うか」と少し怒ったような声を出した。
「お前は私の代筆者だ。そして王女の指南役を目指しているんだよ。印章のひとつなくてどうする」
「……はい。ありがとうございます!」
つい涙ぐんでしまったリゼットの前に、サッと差し出されたのはハンカチだった。
反射で受け取ったものの、使うのをためらうほど白く柔らかなシルクで出来ている。
「どうぞ涙をお拭きください。そして私どもの商品をじっくりご覧いただきたい」
「ふふ……ありがとうございます」
ジーンのハンカチで涙を拭おうとしたが、なぜかウィリアムに素早く奪われた。
かと思えば、代わりのハンカチを差し出され、戸惑いながらそれを受け取る。
「これは返すぞ、ワロキエ」
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