【淑女の特訓】
「図書館ほどではないが、かなりの広さで国外の資料が多いのが特徴だ。あとは歴史書もだね。王女の指南役になれば入ることは可能だろう」
ドキリとすることを言われ、リゼットは背筋を伸ばした。
そうだ、いまリゼットはスカーレットの推薦を受けて、王女の手習いの指南役を目指しているのだ。
「指南役の候補はいまのところ、リゼットを含め三人いる」
「三人……」
それが多いのか少ないのかリゼットにはわからない。
王族の教師、と考えると少ないほうなのだろうか。推薦が必要なら多いほうなのか。
「そして三人とも、推薦人が三蹟だ」
「えっ」
「私以外の三蹟、カヴェニャークとラビヨンも推薦する者がいたようだ。恐らく次の三蹟候補でもあるのだろう」
告げられた内容に、さすがにリゼットも絶句した。
ライバルがまさかの次期三蹟とは、想像もしていなかった。
「皆、自分の弟子を推薦したんだろう。次奴らに会ったら弟子自慢大会になりそうだ」
「三蹟のお弟子さん……きっとすごい方たちなのでしょうね」
きっと実力も知識も、三蹟の弟子たちのほうが圧倒的に上だろう。
何年も引きこもっていた無名のリゼットが、本当に指南役になることはできるのかと不安になってきた。しかし――。
「何言ってるんだい。リゼット、お前もそうだろう?」
不思議そうに言われ、リゼットも首を傾げる。
リゼットはスカーレットの弟子ではない。弟子だったのは母のセリーヌで、リゼットは最近代筆者になったばかりという立場だ。
いまこうしてスカーレットに指導してもらうことができ始めたが、他のふたりとはまったく違う。
「弟子の子は弟子みたいなもんだろ。実際リゼットの筆跡(手)や文章の組み方はセリーヌそっくりだ。よくセリーヌの手紙を見て勉強したからだろう。そうは言っても私が直接教えたわけではないし、新たにリゼットに教えることもほとんどないがね」
「いえ! 私は王族や他国の方相手の手紙の作法など、知らないことはまだまだたくさんあるので! これからもスカーレット様に教えていただきたいです!」
「はは、そうかい。それならお前はこのスカーレット・ハロウズの弟子だ。これからそう自信を持って名乗るといい」
「……はい!」
弟子。スカーレット・ハロウズの弟子。
弟子で代筆者。それが何も持たなかったリゼットの肩書きになったのだ。
「大丈夫だリゼット。お前ならできるよ」
「スカーレット様……!」
「他の三蹟の弟子なんか蹴散らしておしまい」
「ス.スカーレット様……」
特にカヴェニャークの弟子はこてんぱんにしてしまえと言われ、リゼットは複雑な気持ちで笑った。
犬猿の仲とは言っていたが、これは相当だ。
カヴェニャークからのスカーレットへの手紙は、固いながらも心配の気持ちがあふれていたように思うのだが、実際に会ってみるとまた印象が違って見えるのだろうか。
「だからまあ、余計なことは考えず、いまは必要なことを学ぶことに集中していればいいさ」
「……はい。その通りですね! 余計なことを考えている暇なんてありません。相手がいくらすごい方でも、私はくじけません! すべては自由なお手紙ライフのために!」
「よし、その意気だ。それでこそ私の弟子!」
でもカヴェニャークの弟子とは仲良くしたいです、と心の中で付け足すリゼットだった。
***
「リゼット、合わせるのが遅い! いい加減距離に慣れな!」
「はい! 申し訳ありません!」
「ウィリアム! リゼットを振り回すなと言っているだろう! 勢いを抑えな!」
「これでも抑えています」
「口ごたえするんじゃないよ!」
音楽に合わせるかのようにポンポンとスカーレットの檄が飛ぶ。
午後に伯爵邸にやってきたウィリアムをパートナーに、スカーレットの監視、もとい監督のもと、ワルツの練習の真っ最中だ。
侍女ソフィアのピアノに合わせて、何度も何度もくるくると回り続けている。
なぜかリゼットだけではなく、ウィリアムまで厳しく指導されていた。
どうやらウィリアムは、これまで軍の機密会議だなんだと理由を作り、舞踏会や夜会からいつも逃げていたらしい。
てっきり踊り慣れているのだろうと思っていたので、力加減に四苦八苦している姿が何だか嬉しかった。
だが最近はお互い少し慣れてきて、ダンスの形にはなっているなと自分でも思えるほどには上達した気がする。
「何とか見れる程度にはなってきたね」
これはスカーレット的には誉め言葉のうちに入るらしい。
最初は「あんたたちふざけてるのかい! カボチャを転がしたほうがまだマシに踊るよ!」などとめちゃくちゃなことを言われた。
「ありがとうございます! でもまだ、この高いヒールだと転びそうになることが多くて」
「転びそうになっても支えるから心配するな」
「ふふ。……ウィリアム様にいただいた、あの青い靴を素敵に履きこなせるように、がんばります」
これを言うには、少し勇気がいった。
靴のお礼はもう伝えていたが、あの靴が自分にとって特別だと改めて伝えるのは、心をさらけ出すことに似ていた。
「……ああ。楽しみにしている」
もじもじとするリゼットに、予想外に優しい声が降ってきた。
ウィリアムが楽しみにしていると言ってくれた。当日、間違っても足を踏んだりしないようにたくさん練習しようと改めて思うのだった。
***
ティータイムを挟み、来客があった。
事前にその予定は聞いていなかったので応接室に向ってみると、そこで待っていたのはモノクルをかけた若い紳士だった。
年齢はウィリアムと同じか、少し上だろうか。左右で長さの違うダークグリーンの髪が、絹のような光沢を放っている。
紳士は立ち上がり、胸に手を当て美しい礼を見せた。
「お久しぶりでございます、スカーレット様。こうしてまたお会いすることが叶い、このジーン・ワロキエ、歓喜に胸が震えております。アンベール子爵におかれましても、ご機嫌麗しく」




