【母を呼ぶ人】
元は修道院の建物だったとされる図書館の天井には、鮮やかな宗教画が描かれていた。
三階建ての吹き抜け構造で、各階にずらりと並ぶ本棚を下から一望できる。改築増築を重ねた建物には終わりが見えず、ずっと奥まで続く本の海は圧巻の光景だった。
それでもどこか懐かしさを感じるのは、記憶の中の光景と似た部分があるからだろうか。
「どうだ? 子どもの頃に行った図書館と同じか?」
「わかりませんが……でも、何でしょう。体が微かに覚えているような感じがするんです」
近くにあったテーブルに触れ、高い所の本を取るための梯子に触れる。
懐かしい、と自分の中の何かが言っている気がする。でも確信はない。
「ゆっくり見て回るといい。そのうち思い出すかもしれない」
「そうですね。でも私、本当にゆっくりしてしまうと思うので、止めてくださいね?」
「閉館時には鐘が鳴るから、さすがに気づくだろう」
ウィリアムはそう言うが、その鐘すら聞こえないほど集中している可能性があるのだ。
リゼットが探したい本がたくさんあって時間がかかるかもしれないと言うと、ウィリアムも軍略についてまとめた本を探すので、後ほどここで落ち合うことになった。
「好きに過ごしていいが、ひとりで図書館を出ることだけはしないでくれ。出たいときは必ず私にひと声かけるように」
いいなと念を押され、リゼットは神妙にうなずいた。
外で迷子になると思われたのだろうか。そこまで子どもではないのに、と少し面白くない気持ちにはなったが、たくさんの本に囲まれた空間で負の感情を持ち続けるのは難しい。
ウィリアムと別れ、リゼットは早速目当ての本のある棚を探し始めた。
まずは詩集。絶版になった本や、見たことのない言語で書かれた本もあり、リゼットは興奮で叫びそうになるのを我慢するのに苦労した。声を出せない分、ぴょんぴょん飛び跳ね喜びを表現する。
窓際にいた老紳士に目撃され、孫を見るような温かい目を向けられ恥ずかしい思いをした。
次に向かったのは三蹟について記録された本が集まる棚だ。歴代三蹟を紹介する本と、三蹟の始まりと歴史について、そして先々代三蹟の伝記本を選んだ。
ぱらりと中を確認したとき、スカーレットの名前を発見しまた興奮で飛び跳ねてしまった。
最後に向かったのは妖精についての本が集まる棚だ。
それは図書館の中でもかなり奥に位置しており、ひと気がほとんどない場所だった。
本もこれまでの棚よりずっと古いものばかりで、ほとんど持ち出し禁止の札が貼られている。
「あら……? ここにだけ別の机が用意されているのね」
リゼットは棚の裏に小さな空間があるのを発見し、中を覗いてみた。
そこには歴史を感じる古い机と椅子がひとつだけあり、目の前のステンドグラスからの柔らかな日差しを浴びて静かに輝いていた。
よく見るとステンドグラスには、妖精が髪の長い少女と木の下で寄り添い合う姿が描かれている。
(このステンドグラス、見覚えがある……)
吸い寄せられるように窓に近づき、机に本たちを置いたとき、後ろからカツンと靴音がした。
振り返ると、そこには図書館員の制服を着た大人の男性が立っていて、リゼットを見て大きく目を見開いていた。
「……セリーヌ様?」
見知らぬ男性の口から母の名前が出てきたことに、リゼットも驚きで目を見開いた。
*****
リゼットたちが出かける少し前。
年などとるものではないと、スカーレットはしみじみ思う。
最近少し寝つきが悪かったのもあるが、商談の途中から頭痛がし始め、スカーレットは仮眠をとることになった。
呼びつけておきながら早々に帰してしまうことになったジーンには申し訳ない。
そのジーンの見送りをリゼットに任せてしまったのも申し訳なかった。あの子ならきっと上手くこなすだろうけれど。ジーンもリゼットを気に入ったようだった。
部屋まで送ってくれた孫が出て行こうとするのを、スカーレットは呼び止めた。
伝えるべきか迷ったのは一瞬で、大切なことは何か、優先順位は何かを考え口を開く。
「ウィリアム。リゼットが出かけるとき、出来る限りお前に付き添ってもらいたい」
スカーレットにも護衛はいるが、人員は然程多くはないし、軍で大佐を務めるウィリアムほどの力を持つ者もいない。
フェロー子爵から奪うように連れてきたとはいえ、一応リゼットを預かっている身だ。万が一のことがあってはいけない。
そうなれば子爵、ダニエルに申し訳が立たないし、セリーヌにも顔向けできない。
「元々そのつもりですが……何かあったのですか?」
「……リゼットに秘密にできるかい」
「話によりますが」
スカーレットはため息をつき、侍女ソフィアに手紙を持ってこさせた。
それはリゼット宛にスカーレットの邸に届いた四通の手紙だ。差出人はすべて同じ人物で、内容もほぼ変わらない。
「読んでみな」
ウィリアムがいぶかしげな顔をして手紙を受け取り、読み始めてすぐに顔を険しくさせた。
気持ちはわかる。スカーレットも読んでいてどんどん気分が悪くなった。
「差出人は……シャルル・デュシャン?」
「調べさせたところ、デュシャン伯爵の二番目の息子で、リゼットの幼なじみのようだ。近衛騎士として王太子宮に配属されているらしい」
「ええ。それから夜会でリゼットの義姉をパートナーにすることが多く、周囲から婚約者のように認知されているようですね」
「お前……知っていたのか、ウィリアム」
スカーレットの自慢の孫は「先日ふたりが一緒にいるところを目撃したので」と、手紙の便せんから目を離さずに答える。
シャルル・デュシャンからの手紙には、なぜ自分に黙って家を出たのか、なぜ手紙の返事をくれないのか、他人の家に居候をするなら自分の家に来たらいい、というようなことが書かれている。
その文面はリゼットを心配するようでいて、その実リゼットがスカーレットを頼ったことが許せず、自分の手元に取り戻したいという心情が透けて見えるようだった。
リゼットを大事にしない家族からは自分が守ってやるようなことも書いてあるが、それならばもっと早くに出来ただろうと言ってやりたい。
四通目は今朝届いたが、リゼットからの返事がないことにかなり焦り、苛立っていることがうかがえた。返事がないのもリゼットが自分に会いに来ないのも、スカーレットに行動を制限させられているからだろう、必ず助けてやる、というようなことも書いてある。
「この手紙、リゼットには?」




