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【ネトコン13受賞】代筆令嬢リゼットはくじけない ~あなたの代筆はもうやめにします~【書籍化決定】  作者: 糸四季


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18通目【弟子の子は弟子】


 

 一週間ほど経ち、ハロウズ伯爵邸での生活にも少しずつ慣れてきた。


 代筆者としての仕事はだいたい午前中に行っている。

 スカーレットと一緒に軽い朝食をとったあと、広いローズガーデンを散歩してから仕事にとりかかることが多い。

 手紙を書く予定がないときには、スカーレットがこれまでやり取りしてきた手紙の面白いエピソードを話してくれたり、高位貴族や王族との間に発生する、リゼットの知らない手紙のマナーを教えてくれたりもした。


 午後になると、昼食後にスカーレットによる淑女教育が始まる。

 座学がほとんどだが、ウィリアムやスカーレットの友人が来たときには、ダンスや茶会といった実地訓練が行われた。


 一日のほとんどを自室でしか過ごせなかった子爵邸での生活と比べると、何をするにも新鮮で発見の連続の毎日だ。

 バラの花びらの上で輝く朝露がは至高の宝石に見え、スカーレットととる食事は毎食が贅をつくした晩餐のように思えた。


 それに、スカーレットに届く心のこもった手紙たちを読むことができるのが、リゼットにとって何よりのご褒美だ。

 しかもスカーレットは返事を書く際、必ず“代筆者リゼット・フェロー”というサインを入れるようにと言ってくれた。

 リゼットを最大限に尊重してくれることが、涙が出るほど嬉しかった。


 スカーレットの書斎で、柔らかな午前の光の中一通の手紙を渡される。



「友人に初孫が生まれるそうなんだ」

「お孫さんが。それはとってもおめでたいですね!」

「ああ。だがどうにも心配で仕方ないらしい。自分が出産したときは生まれた子の食が細く、母乳もミルクもなかなか飲んでくれなかったと言ってね。命に関わるほどだったそうで、孫もそうなるのではないかと悩んでいると」



 まだ生まれてもいないのにね、とスカーレットは苦笑いするが、リゼットは少し感動した。

 生まれる前から食事の心配をするほど愛情深い家族がいるなんて、生まれてくる赤ん坊はきっと幸せになれるだろう。


 リゼットはもちろん妊娠も出産も経験していないし、身近に赤ん坊もいなかったので知らないことが多い。

 恐らく親や家族は無事生まれてくるように、すくすく育つように、苦労することがないようにと、心配は尽きず願うことはたくさんあるのだろう。



「赤ん坊……安産祈願とはまた違う……あっ!」

「何かあるのかい?」

「はい、思い出したんです。極北の民族に伝わる、赤ん坊が飢えに困ることがないよう願い、祝う歌があることを」



 小麦、魚、果物、ヤギの乳をもっと捧げよう。永久の実りを約束しよう。そんな内容の祝い歌だ。



「それはいいね。極北の民族歌か。よく知っていたね」

「昔読んだ本にあって、ご飯に困らなくなるなんていいなぁと思ったのです。食い意地が張っていますよね」



 そのときタイミングよくリゼットの腹が鳴ってしまい、慌ててお腹を押さえたが、しっかり聞かれてしまった。

 笑うスカーレットに「昼食は量を増やすよう言っておこう」などと言われてしまい、頬が熱くなる。



「ソフィ。お前は確か北の方の出身じゃなかったかい?」



 スカーレットは王女時代から仕えている侍女に尋ねたが、聞かれたソフィは首をひねる。



「ええ。ですが極北の民族は地理上とても閉鎖的でしたので、彼らのことはほとんど知りませんねぇ」

「民俗学を研究している方の旅日記に書かれていたのです。研究記録ではなく日記なので、簡単な言葉で書かれていて子どもでも楽しく読めた記憶があります」



 母の蔵書のうちの一冊なので、スカーレットたちにもぜひ読んでもらいたかったが、そうなると家に一度帰る必要がある。

 夜なら継母たちが出かけている可能性が高いが、万が一鉢合わせるとまずい。さすがにもう閉じこめられることはないだろう、とはリゼットも言い切る自信がなかった。



「リゼットは本当に記憶力がある。私もここまですらすらと詩や物語の一節なんかの本の内容が出てきたりはしないよ」

「好きなものだけ記憶できる、とても都合の良い頭みたいです。お勉強となると……ご迷惑をおかけしております」

「代筆者としてはこの上なく有能だ。勉強は積み重ねが大事なんだ。気にすることはない」



 礼儀作法は最低限学んでいたためなんとかなりそうなのだが、貴族の名前、序列、関係図などがさっぱり頭に入ってこない。なので最優先に王族とその外戚、王宮内の勢力図に関わる辺りを優先的に学んでいる真っ最中だ。

 王女の指南役を目指すためにも必要なことだと思えばやる気も出た。



「自信を持つといい。好きなものなら好きなだけ覚えられる。それは立派な才能だ」



 スカーレットに言われると、本当に自分が才能のある人間になったような気がして、リゼットはうなずいた。

 自分ではそんな風に思ったことはなかったが、スカーレットの役に立てる才能ならば誇らしい。


 昨夜、スカーレットが昔夫宛に書いたという手紙を見せてもらった。

 一通だけだよ、と少し照れたようなスカーレットに渡され、感動に震えながら受け取り部屋でひとりのときに読んだのだが、すごかった。

 情けないことに語彙が吹き飛んだくらい、スカーレットの手紙はリゼットに衝撃を与えた。


 美しいとか、品があるとか、詩的でエレガントだとか、それらはすべて正しくもあり間違いでもあった。

 その手紙はただひたすらに、愛に溢れていた。

 墓に供えた亡くなったイザークへの手紙は透きとおるほど純粋な愛に満ちていたが、生前のイザークへの手紙の愛は飲みこまれそうなほど情熱的だった。


 読み終わったあとしばらくしてから、リゼットは自分がいつの間にか泣いていたことに気が付いた。

 手紙の中の愛は燃え上がるような熱さで、リゼットの心にはその種火が移ったようだった。


 そのとき一瞬ウィリアムの顔が浮かんだが、疑問に思う前に種火とともに消えていた。



「そのご友人は、出身がミギス国でしたよね。ではレターセットはこのカトラリー柄のものにしませんか?」

「それか。可愛いが、友人を夕食に招待するときくらいしか使いどころがなかったんだ。なぜそれを?」

「ミギスでは、生まれた赤ん坊にカトラリーを贈る風習があるそうなんです。先ほどの民族歌と同じで、赤ちゃんが一生食に困らないようにという願掛けでもあるとか」



 スカーレットはレターセットを手に取り「ミギス……」と呟く。



「ああ、そういえばそんな記述がミギスの小説にあったような……」

「『オルハナの一族』ですね」

「そうだそうだ。はぁ、やはりリゼットはもっと自分を誇るべきだよ」



 すっかり感心しきったようにスカーレットは言ってくれるが、リゼットは控えめに首を振る。

 自分の知識がとても偏っている自覚があるのだ。スカーレットの代筆者として、もっともっと手紙に必要な知識をつけなければ。



「この書斎の本は好きに読んでもらっているが、ほとんどは目を通したことがあるものだろう? セリーヌもかなりの蔵書家だったしね。珍しい本が読みたければ王立図書館か、王宮内の書庫を探すのがいちばんだ」

「王立図書館はわかりますが、王宮の書庫、ですか?」

「図書館ほどではないが、かなりの広さで国外の資料が多いのが特徴だ。あとは歴史書もだね。王女の指南役になれば入ることは可能だろう」



 ドキリとすることを言われ、リゼットは背筋を伸ばした。

 そうだ、いまリゼットはスカーレットの推薦を受けて、王女の手習いの指南役を目指しているのだ。



「指南役の候補はいまのところ、リゼットを含め三人いる」

「三人……」



 それが多いのか少ないのかリゼットにはわからない。

 王族の教師、と考えると少ないほうなのだろうか。推薦が必要なら多いほうなのか。



「そして三人とも、推薦人が三蹟だ」

「えっ」

「私以外の三蹟、カヴェニャークとラビヨンも推薦する者がいたようだ。恐らく次の三蹟候補でもあるのだろう」



 告げられた内容に、さすがにリゼットも絶句した。

 ライバルがまさかの次期三蹟とは、想像もしていなかった。



「皆、自分の弟子を推薦したんだろう。次奴らに会ったら弟子自慢大会になりそうだ」

「三蹟のお弟子さん……きっとすごい方たちなのでしょうね」



 きっと実力も知識も、三蹟の弟子たちのほうが圧倒的に上だろう。

 何年も引きこもっていた無名のリゼットが、本当に指南役になることはできるのかと不安になってきた。しかし――。



「何言ってるんだい。リゼット、お前もそうだろう?」



 不思議そうに言われ、リゼットも首を傾げる。

 リゼットはスカーレットの弟子ではない。弟子だったのは母のセリーヌで、リゼットは最近代筆者になったばかりという立場だ。

 いまこうしてスカーレットに指導してもらうことができ始めたが、他のふたりとはまったく違う。



「弟子の子は弟子みたいなもんだろ。実際リゼットの筆跡(手)や文章の組み方はセリーヌそっくりだ。よくセリーヌの手紙を見て勉強したからだろう。そうは言っても私が直接教えたわけではないし、新たにリゼットに教えることもほとんどないがね」

「いえ! 私は王族や他国の方相手の手紙の作法など、知らないことはまだまだたくさんあるので! これからもスカーレット様に教えていただきたいです!」

「はは、そうかい。それならお前はこのスカーレット・ハロウズの弟子だ。これからそう自信を持って名乗るといい」

「……はい!」



 弟子。スカーレット・ハロウズの弟子。

 弟子で代筆者。それが何も持たなかったリゼットの肩書きになったのだ。



「大丈夫だリゼット。お前ならできるよ」

「スカーレット様……!」

「他の三蹟の弟子なんか蹴散らしておしまい」

「ス.スカーレット様……」



 特にカヴェニャークの弟子はこてんぱんにしてしまえと言われ、リゼットは複雑な気持ちで笑った。

 犬猿の仲とは言っていたが、これは相当だ。

 カヴェニャークからのスカーレットへの手紙は、固いながらも心配の気持ちがあふれていたように思うのだが、実際に会ってみるとまた印象が違って見えるのだろうか。



「だからまあ、余計なことは考えず、いまは必要なことを学ぶことに集中していればいいさ」

「……はい。その通りですね! 余計なことを考えている暇なんてありません。相手がいくらすごい方でも、私はくじけません! すべては自由なお手紙ライフのために!」

「よし、その意気だ。それでこそ私の弟子!」



 でもカヴェニャークの弟子とは仲良くしたいです、と心の中で付け足すリゼットだった。



後ほどもう一話更新予定です!

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