【お詫びの品】
誤字が多く大変申し訳ありません! 誤字報告ページからの報告に毎回本当に助けられております!(今回書いて出しなので大量に届いております感謝しかありません)
妬けちゃうわ、と冗談ぽく笑いながらデイヴィットが奥に歩いていく。
リゼットは囁かれた耳元を抑えながら、頬が熱くなるのを感じた。
大切にされている? ウィリアムに?
第三者からはそんな風に見えているのだろうか。確かにとてもよくしてもらってはいるけれど、それはスカーレットの指示があったからで――。
「何をしているリゼット? こっちで好きなものを選べ」
「好きとかではありません!」
「は……?」
カタログから顔を上げ、ウィリアムがいぶかしげに眉を寄せる。
リゼットはハッと我に返り、顔を手で覆った。いま一体自分は何を考えていたのか。
「も、申し訳ありません。ドレス、ドレスですよね。好きなドレス……」
「どうした。具合でも悪いのか」
「いえ、すこぶる健康です!」
ラックにかけられたドレスを慌てて眺める。
オーダーメイドより既製服のほうが安価なのだろうが、ふんだんにレースが使われ、上質な生地をこれでもかというくらいたっぷり使ったドレスは、きっとリゼットの目が飛び出るほどの値段なのだろう。うかつに触れることもできない。
ただ角度を変えて眺めるだけのリゼットに、ウィリアムがため息をついて一着ラックから外して広げて見せてくれた。
「ちゃんと手にとって見てみろ。これはどうだ? 君が好きな緑だが」
「あ、ありがとうございます! 生地がすごくキラキラして見えますね」
「そうだな。リゼットにはもっと深く品のある色味が似合いそうだ。こっちはどうだ?」
「わ……素敵です! レースは少な目で、ドレープが美しいですね」
「ではこれをまず着てみろ。あとはこれと、こっちも」
そうやって、ウィリアムは次々と従業員にドレスを渡していく。
数着だと思っていたのに、これほど高価なドレスを大量に着て、自分の精神が持つだろうか。
リゼットは不安になりながら、従業員に案内されて試着室へとこわごわ向かうのだった。
*****
リゼットが試着室に消えた瞬間、ウィリアムはデイヴィットの手にあるサイズ表を奪おうとした。
しかしすんでのところで避けられてしまい、デイヴィットを睨みつける。
「なぁにするのよウィリアム様?」
「見せろ」
「そんなのダメに決まってるじゃなーい。乙女の身体のサイズを勝手に見ようとするなんて、リゼットちゃんに嫌われちゃうわよ?」
もっともなことを言われ、ウィリアムはぐっと言葉を飲みこんだ。
やましい気持ちはもちろんないが、確かにリゼットに気持ち悪がられても仕方のないことをしようとした。
リゼットに「ウィリアム様の変態!」と罵られる場面を想像してしまい、ぐぐっと眉根が寄る。
「……すまない」
「アタシに謝られてもねぇ? それで、ウィリアム様は何が知りたかったの?」
からかうような視線に、ウィリアムは咳ばらいをして「リゼットの足の大きさだ」と素直に答えた。
すぐにデイヴィットはピンときたようで、よけいににやにやとした顔で見られるのが鬱陶しい。
「なーるほどねぇ。じゃ、特別に教えてあげるわ。リゼットちゃんの足のサイズは37よ」
小声で囁かれ、ウィリアムは「恩に着る」とだけ言うと、『蝶の軍服』を足早に出た。
すぐに近くの靴専門店に向かうと、目を丸くした従業員を捕まえてショーウィンドウを指差した。
「あの青い靴の37サイズはあるか?」
***
無事購入を果たしたウィリアムは、少し迷った末に商品はロンダリエ公爵邸に送るよう伝えて素早く店をでた。
買った靴は、青いレースアップのハイヒール。
『蝶の軍服』に入る前に、リゼットが目を奪われた様子で眺めていたものだ。
まるで恋でもしたかのような表情だったので、あれはよく女性が口にすると言う“一目惚れ”というやつなのだろう。
そのときウィリアムは『この靴を買ってやったらリゼットはどんな顔をするだろう』と思ってしまったのだ。
「柄にもないことをした……」
本当は帰り際にでも渡せばいいのだろう。女好きなヘンリーあたりがやりそうなことだ。
そう考えると余計に、そのような振る舞いはらしくなさ過ぎて出来なかった。
一体何をやっているのか、と自分の行動の不可解さに嘆息しながら『蝶の軍服』に戻ろうとしたとき、通りの向こう側に見覚えのある人物の姿を見つけ、ウィリアムは目を細めそっと街灯の影に身を隠した。
(あれは、リゼットの義理の姉……?)
リゼットを邸に軟禁し、代筆の仕事を押し付けるなど嫌がらせの数々を行っていた女。
たしかジェシカと言ったか。スカーレットが“猿”と呼んだあの醜い性格の悪いリゼットの血の繋がらない家族が、これから舞踏会にでも行くのかという着飾った姿で街を歩いていた。
そしてその少し後ろに細身の男がついて歩いている。一瞬ジェシカの護衛か側仕えかと思ったが、それにしては身なりが良い。
だとしたら恋人か。あの女を愛する、趣味の悪い男がこの世に存在するのかと、ウィリアムは純粋に驚いた。
「あの男……どこかで見たことがあるな」
恐らく貴族だろうが、ウィリアムは付き合いが良いほうではないので社交の場で会ってもほとんど顔を覚えていない。
だとすると、軍の関係者か。それとも王宮で見かけることがあるか。
(……ああ、思い出した。近衛の若手のひとりだ。確か王太子宮に配属されていたはず)
王族に仕える近衛が、あんな常識のない女を恋人にしているとは、にわかには信じがたい。
いつか王族に迷惑をかけることになるのではないか。そうなったとき、血の繋がりはなくともリゼットが迷惑をこうむることになるかもしれない。
それを懸念したウィリアムは、あとであの近衛について調べておこうと決めた。
他にもあの義姉の身辺調査は念入りにしておくべきだろう。万が一にもスカーレットやリゼットに被害が及ぶことがないように。
リゼットは、家でどれだけ理不尽な扱いを受けていても、くじけず生きてきた芯の強い娘だ。
スカーレットの影響がないとは言わないが、ウィリアム自身、リゼットの真っすぐさを好ましく感じていた。
これまで苦労してきた分、リゼットにたくさんの幸せが訪れればいいと思っている。
(何というか、小動物を相手にしているような気持ちだったが……)
遠慮がちに『大丈夫ですから』と見上げてくる大きな瞳。時々小刻みに震えては涙目になる姿。
美味しそうに食事を頬張る様子。好きなものを前にしたときの素早さと顔の輝き。
思い浮かべると、つい頬が緩みそうになる。
『私は子どもではありません!』
先ほど、ムッとした顔でウィリアムにそう詰め寄ったリゼットは、真剣だった。
デビュタントを迎えていないことを気にしていないわけがない。それくらい少し考えればわかることなのに、悪いことをしてしまったと反省している。
ウィリアムとしては、デビュタント前だから、守ってやらねばならない存在だという認識だったのだ。
だがそれは、リゼットに対して失礼な言い方だった。
(だから、青い靴はその詫びの品だと言えばいい)




