筆休め【老執事の憂いと決意】
執事モルガン視点の物語。うちの若当主様はすごいんだぞ!
フェロー子爵家に仕えて四十年。王都タウンハウスの執事として配属されたモルガンは、ある朝感動にうち震えていた。
「邸の内装について考えてみたんですが、私は落ち着いた素朴な雰囲気が好きなので、派手過ぎる家具や調度品は手放しましょう。昔使っていたものがあればそれを出して、足りないものがあれば手放すときに得たお金で買いつけます。邸内を飾るなら絵画や彫刻より、お花や観葉植物で季節を取り入れるほうが好みなので、花瓶はたくさん必要ですからなるべく残しておきましょう」
朝食のあと、モルガンとマノンにそう語り始めたのは、新たなフェロー家当主・リゼットだ。デビュタントを迎えたばかりの少女が、目を輝かせながら次々と構想案を出してくる。
昨日までは自信がなさげで、邸をどう変えたら良いのか戸惑っているのが見て取れたのに、一晩でこうも変わるものかと驚いた。
「壁紙の色柄が派手な部屋もありますが、そのままで構いません。そういう部屋はカーテンやソファーを無地の落ち着いたものにしてバランスを取りましょう。貴族としてあまりに素朴すぎてもいけませんしね。逆に壁紙が無地の部屋は、ファブリックで柄を取り入れてみましょうか。玄関、応接間、お客様をお泊めする部屋の順番でとりあえず進めたいです!」
手伝っていただけますか、と上目遣いでリゼットに聞かれ、モルガンとマノンは「もちろんでございます」と恭しく頭を下げた。下げた先で目が合ったので、どちらからともなく微笑む。
リゼットの姿が、先代子爵夫人のセリーヌとそっくりだった。髪や瞳の色が母親譲りなのは知っていたが、久しぶりにリゼットの姿を見たとき、大きくなったと思うと同時に、あまりセリーヌとは似ていないと感じたのだ。それはリゼットが不安げで頼りなさそうに見えたから。
セリーヌは溌溂とした女性だった。手紙をこよなく愛し、好きなことに熱中し、好きなものに囲まれていたセリーヌは、姿勢が良く華奢なのに堂々と力強く見えた。そんな母親とついリゼットを比べてしまい、大丈夫だろうかと勝手に心配をしていたのだが――。
いま目の前にいるリゼットは、生きて元気でいた頃のセリーヌの姿そっくりだ。恐らくこちらの姿が本来の彼女なのだろう。考えてみれば、まだ十六歳の少女なのだから、悩んだり迷ったり、自信が持てないことがあっても当然と言える。
だからこそ、我々がお支えするのだ。この方が好きなことに集中できて、笑顔で生活できるように。自由にのびのびと過ごしてもらえるように。
「庭については、もう少し時間をください。いまより自然な雰囲気にしたいのですが、テーマを決めきれなくて」
「もちろん構いませんが、テーマ……ですか?」
「はい! スカーレット様のお邸の庭園は、素晴らしいローズガーデンなんです。スカーレット様と言えばバラですから! 王女殿下の宮殿はミモザが素敵なんですよ。殿下はミモザがとてもお好きなんです。私もそんな風に、これだ! というお庭の主役を作りたいのですが、素敵なお花がこの世にはたくさんありますから、ひとつに絞るのが難しくって」
「そういうことでしたら、ぜひ時間をかけてお決めください。その間に不要なものを撤去したり、我々で出来ることを進めておきますので」
「ありがとうございます! それから言葉遣いなのですが、出来ればこのまま敬語を使わせてほしいんです。私を呼ぶときも、当主様やご主人様より、名前で呼んでいただきたいのですが……」
「ご所望でしたら、そのようにさせていただきます。リゼット様」
「ええ。リゼット様が過ごしやすいのが一番ですからね」
モルガンとマノンの返答に、リゼットは本当に嬉しそうに笑った。
使用人にも言葉遣いが丁寧なのは、恐らく継母とその娘がいた頃、使用人たちに当主の娘として扱われていなかったからなのだろう。リゼットが不当な扱いを受けていたことはすでに耳にしている。メリンダという女にこの邸から追い払われたときは仕方ないと受け入れたが、いまは抵抗しなかったことを後悔している。
リゼットの元を離れなければ、彼女が使用人に不当に扱われることはなかっただろう。完全にとはいかずとも、ひとりきりにならないよう守ってやれたはずだ。その思いはマノンも同じように持っている。
リゼットの父親、前当主にもくれぐれもと頼まれている。寂しい思いをさせた分、これからは幸せだけをリゼットが感じられるよう心を尽くすつもりだ。
「あと、これは相談なのだけれど、お邸のあちこちに玩具の家具を置いても良いかしら?」
「玩具の家具、ですか?」
どういうことだろう? 顔を見合わせるモルガンとマノンは、リゼットについてくるよう言われ、とある部屋を訪れた。そこは先日リゼットが鍵を開けた、長い間完全に閉じられていたセリーヌの部屋だった。
セリーヌの部屋の家具は、彼女が生きていた頃のまま残されている。布を被せられているが、どれも綺麗なままだ。他にもセリーヌが大切にしていた調度品もまとめられていた。その中に、子ども用の人形遊びの道具があった。
大きくふたつに開かれる三階建ての家。中にはソファーにテーブル、小さな食器まで、精巧な作りの人形用家具が揃っていた。
「ああ……懐かしい。セリーヌ様が大切にしていたドールハウスですね」
「セリーヌ様が妖精の家だとよくおっしゃっていた……。リゼット様もお小さい頃、これでよく遊ばれていましたね」
「ええ。ちょっとだけ遊んでいた記憶があります。このお家は私の部屋に置いて、この小さな家具を他にもいくつか用意して、邸のあちこちに飾りたいのです。妖精さんが、どこでも休憩したり、お茶を飲んだりしてくつろげるように」
「妖精がくつろげるように……?」
「お邸の中のテーマです。〝妖精の住む家〟! ちょっと子どもっぽいかもしれませんが、素敵でしょう?」
照れくさそうに笑うリゼットを見て、モルガンは思い出した。生前、セリーヌが「うちには妖精さんがいるのよ」とよく笑っていたことを。
昔、人と妖精が共存していた話は有名だ。だが妖精が人の前に姿を見せなくなって随分経つ。もう誰も妖精の存在を感じることはないし、信じてもいない。だが、誰も妖精はいないと証明することも出来ないのだ。
「……リゼット様。妖精がいるのですか?」
モルガンの問いかけに、若い主は新緑のような瞳を丸くした。そして自分の肩の辺りを見て、しっかりとうなずく。
「詳しいことは話せませんが、妖精はいるんですよ」
「そうですか……。承知しました。では、細かな作業が得意な家具職人を呼びましょう。それとも、玩具メーカーに連絡いたしましょうか?」
「モルガンさんは、私の話を信じてくれるんですか?」
「もちろんでございます。私はあなたの執事ですから」
そう言ってウィンクしたモルガンは、髭を誰かに撫でられたように感じ、首を傾げた。上手く言えないが、小さな手に乱れた髭を整えられたようなくすぐったさがあった。
「ふふ……ありがとうございます! 私、きっとここを素敵なお邸にしてみせますね!」
リゼットがそう言ったとき、不思議なことが起きた。
閉じられていた部屋の窓が突然開き、爽やかな風が吹きこんだのだ。風は家具を覆っていた布を宙へと舞い上がらせると、積もっていた埃やこもった空気を巻き上げて、外へと攫っていった。
「これは一体……⁉」
風が去ると、宝石を細かく砕いたような光の粒子が部屋にキラキラと降ってくる。
モルガンたちはぼう然としていたが、リゼットはなぜか「無茶をして」とおかしそうに笑っていた。
今日も挨拶の手紙を書くと書斎に向かうリゼットを見送り、モルガンは廊下で妻と顔を見合わせた。
「私たち、実はとてもすごい方に仕えることになったんじゃないかしら……?」
「かも、しれんなぁ」
この邸には妖精が住んでいる。それを使用人の共通認識としようと老執事は心に決めたのだった。
9/1発売の書籍第1巻には、可愛い書き下ろし短編が2つ!
置いていない書店もあると思うので、ご予約いただけると確実です^^
(別の特典SSがつく書店もありますよー! 楽しんでいただきたくて、たくさん書きました!)




