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【ネトコン13受賞】代筆令嬢リゼットはくじけない ~あなたの代筆はもうやめにします~【9/1書籍化予定!】  作者: 糸四季


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90通目【運命といとし子】


 妖精が見えるようになったと伝えると、血相を変えたウィリアムとスカーレットから質問責めにされた。

 体調に変化はないのか、妖精に惑わされてはいないか、おかしなものが見えたりはしないか。会話の内容まで細かく聞かれ、大丈夫だと答えているうちにシエルはいつの間にか姿を消していた。どうやらその時間に飽きてしまったらしい。


 リゼットがいくらシエルは良い子だ、惑わしたり、妖精界に連れて行ったりはしないと言っても、ふたりはなかなか信じてはくれなかった。心配してくれているのはわかっているので、安心してもらう方法がわからずもどかしい。

 シエルは逆にリゼットのことを考えて、これまで同調が進まないよう姿を見せず、声もかけずにいてくれたのだと説明すると、ようやく落ち着いてもらえた。


「いますぐ何か影響があるわけではないようだが、今後見えるはずのないものが見えたり、聞こえるはずのない音が聞こえたら、次こそはすぐに知らせるんだよ。私は先に帰るが、ウィリアムはもう少し残って、リゼットから詳しく話を聞いておくように。それからしっかり釘を刺しておいておくれ」


 スカーレットはそう言って頭を押さえながら、馬車に乗って帰っていった。

 わざわざ心配して来てくれたところに、余計に心配をかけることになってしまった。これなら言わずにおいたほうが良かったのではないだろうか。

 スカーレットを見送り少し後悔していると、ウィリアムに「報連相は軍の基本だ」と言われた。リゼットが話したことを後悔しているのがわかったらしい。彼には読心術の心得があるのかもしれない。


「本当に大丈夫なんですよ。シエルは私に危害を加えたりしません」


 肩に乗る妖精に「ね?」と微笑みかけると、ぷいとそっぽを向かれる。ここで素直に「当たり前だよ」とは言わず素っ気なくするのがまた愛らしい。


「わからないだろう。妖精が本当のことを言うとは限らない。古来から、妖精は人を惑わすと言われているのには、それなりの理由があるはずだ」

「でも、シエルにその気があれば、とっくにそうしていたと思うんです。でも彼は姿も見せず、声もかけず、ずーっとそばにいてくれたんですよ?」

『仕方ないよ。人間には妖精の〝運命〟は理解できない』


 シエルの不機嫌そうな言葉に「そういえば、運命って何なの?」とリゼットは尋ねる。一昨日の夜、シエルが姿を現した夜にもそんなことを言っていた。


『運命は運命だよ。人間で言うところの、いとし子ってやつ』

「妖精のいとし子のことを、妖精さんたちは運命と呼ぶの? それって、妖精さんにとってはどんな存在なのかしら?」


 シエルは少し黙ったあと『教えなーい』と言って、パッと光の粒子をまき散らしながら消えてしまった。気分屋の妖精だから、そのうち教えてくれるような気もするが、いまはそのときではないようだ。


「リゼット?」

「ああ、申し訳ありません! シエルが、人間には妖精の運命は理解できないと言ったのです。どうやら妖精のいとし子のことを、妖精さんたちは運命と呼んでいるみたいですね」

「運命……? 随分意味深な呼び名だな」


 スッと目を細めるウィリアムに「確かに……?」とリゼットは曖昧に言って首を傾げた。


「運命で結ばれた関係ということでしょうか? それとも巡り合う運命だった存在ということかしら。どちらにしろ、ロマンチックですよね!」

「そういう意味で言ったわけではないが……」


 君がそう思うならそれでいい、となぜか頭を撫でられた。一体どういう意味だろう?


「私にもお祖母様にも妖精が見えない分、心配は尽きないことは理解してほしい。だが、妖精にその気があるならとっくにそうしているという君の意見は理にかなっている。とりあえず、危険はないと思うことにしよう」


 ウィリアムらしい合理的な考え方に、思わずくすっと笑ってしまう。ふたりに信用してもらえるよう、良い働きを見せなければ。


「おふたりに安心していただけるよう、シエルとお仕事をがんばりますね。スカーレット様が帰り際おっしゃっていた件、とても気になりますし」


 実はスカーレットが馬車に乗りこむ間際、休みが明けたら早速代筆を頼みたいのだと話してくれた。王女時代に仕えてくれていた、元侍女に手紙を宛てたいのだという。

 いまも仕えている侍女マーサの元に、元侍女から連絡があったそうだ。元侍女は目を患い、視力がどんどん低下しており、近いうちに完全に失明するだろうと医者から言われているらしい。


「目が見えなくなった方に、どんな手紙を送ったら良いのでしょうね」

「目が見えなくても、代わりの者に手紙を読み上げさせれば良いんじゃないか? お祖母様の元侍女なら、貴族の出だろうし裕福なはずだ」


 ウィリアムの意見はもっともなものだが、何となくスカーレットはもっと違う何かを期待しているように感じたのだ。


 目を閉じて想像してみる。世界から光が消えてしまったとしたら、自分ならどんな風に手紙を書くか。手紙が届いたらどう読もうとするのか。

 五感のうち視覚が封じられれば、残るのは聴覚、嗅覚、味覚、触覚。誰かに代わりに読ませるのは聴覚か。音の出る手紙ならどうだろう。面白いが、再現に時間がかかりそうだ。匂いで伝える手紙も面白い。だが匂いだけでこちらの気持ちを十分に伝えるのは難しいだろう。味のする手紙というのも不思議で良いが、奇をてらい過ぎている気がする。一番再現しやすそうなのは触覚だろうか。

 真っ暗闇の中では書くのも読むのも大変そうだ。どうしたら相手に伝わり易いだろう。


 見上げた空は日が落ち始め、夜の気配を漂わせ始めている。


「大昔の人は、真夜中に明かりがない中でどんな風に過ごしていたのでしょう。きっといまより早寝早起きだったのでしょうけれど、眠れないときもきっとありましたよね?」

「月明りを頼りにしていたんじゃないか? 軍の夜行訓練ならむしろ月のない夜を選ぶが」

「軍人さんは、真っ暗な中でも動けるものなのですか?」

「動けるように訓練するんだ。閃光や音、暗号などあらゆるものを駆使して指示を伝え、統率が取れるよう、体に染みこむまでやる。怪我も多いが、暗闇の中での救護もまた訓練になるからな」


 そう語るウィリアムがどこか楽しげに見えるのは気のせいだろうか。

 ウィリアムの訓練は厳しそうだと想像しながら、自分も真夜中に手紙を書く訓練をしてみようかと考える。でも、夜の闇の中手紙を書いてみようと思えるのは、目が見えるからだ。目が見えなくなってしまったら、自分はどうするだろうと考えると恐ろしくなって震えた。


「ウィリアム様は、目が見えなくなってしまったらどうしますか?」

「そうだな……片目をなくしたくらいなら、変わらず軍にいるだろうが、両目となったら引退するだろう。戦場では足手まといにしかならない」

「引退……そうですよね。ほとんどの方はお仕事が続けられなくなりますよね」

「まぁ、君なら目が見えなくなったとしても、どうにかして手紙を書いていそうだがな」


 からかうわけでもなく、至極真面目な顔で言われ、リゼットは目をぱちくりさせた。


「ウィリアム様には、私がそんな風に見えているんですね?」

「違うのか?」

「……違わないかも。そうですね。私も、きっと何とかしようとする気がします!」


 大きなショックを受けるだろうが、そのうち手紙を書かずにはいられなくなって、試行錯誤し始める気がする。悲しみより手紙への禁断症状が勝る予感しかしないのだ。

 そしてそんな自分を正しくウィリアムに把握されていたのが、照れくさいが嬉しい。


「ウィリアム様。今晩も夕食を一緒にいかですか? 鴨肉とお豆と、ソーセージの煮込み料理だそうです。お料理に合うワインもご用意していますよ!」

「ありがたく、ご相伴に預かろう」


 スッと差し出される左腕に手をかけるのは、いまでもちょっとまごついてしまう。

 これも訓練、と自分に言い聞かせながら、どきどきする胸を落ち着かせ、ウィリアムのエスコートに身を任せる。

 邸に戻る足取りは軽く、気力が漲っている。いまならどんな難しいことにも挑戦できる気がする。


(明日から、私らしい当主としてがんばれそう!)


 隣を歩くウィリアムと、スカーレットの存在に感謝しながら、しゃんと背筋を伸ばすリゼットだった。


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