【王太子の贖罪】
大変お待たせいたしました!
本日、9月1日発売予定『代筆令嬢リゼットはくじけない』の1巻予約がスタートいたしました!
「自らそう申し出たのだ。私も不可解だったが、なんとも馬鹿正直に言っていた」
王女宮でリゼットに「僕と遠くに行かないか」と誘ったとき、もしリゼットがシャルルの手を取ったとしたら、本当に連れ去るつもりだったと。
それは今回の計画を立てた王太子アンリを裏切ることになる。
実際にはリゼットはシャルルの手を拒んだし、アンリを裏切ることにはならなかった。それでもけじめとして、シャルルは自らの降格を志願したらしい。
「ここのところおかしかったが、ようやく元のデュシャン卿に戻ったようだ」
「奴をまだ、近衛騎士として受け入れるおつもりですか?」
ウィリアムとしては、シャルルには近衛騎士を辞職してもらい、王宮から姿を消してほしいところである。
できれば二度とリゼットを関わらせたくない。
しかし、リゼット自身はそれを望まないだろう。リゼットの中では、いまだシャルルは幼馴染のままなのだ。
だからこそリゼットの視界に入ることのないようにしたいのだが。
「当たり前だろう? あれはもう私を裏切れない。自由に動かせるコマが出来たのに、簡単に手放すと思うか?」
「……相変わらずのようで、安心しましたよ」
「ウィリアム」
ため息をつき今度こそ部屋を出ようと扉を開いたウィリアムに、アンリは続けて言った。
「リゼット嬢を危険な目に遭わせることは、二度としないと誓おう」
思わず目を見開いて振り向くと、自身の赤黒く腫れた右頬を指差すアンリがいた。
「私の美しい顔に傷がつくのは世界の損失だからな」
悪びれない様子のアンリに「左様で」と薄く笑い、軍帽を深くかぶり直すと、ウィリアムは今度こそ部屋をあとにした。
まったく、どこまでも腹立たしい王太子である。とにかくウィリアムをからかいたくて仕方がないらしい。
しかし、先ほどの誓いは意外だった。生まれてはじめて反省というものをしたようだ。
一応ウィリアムも王太子に手を挙げた罰で謹慎や降格は覚悟していたが、そういったお咎めもないようなので、アンリの反省は本物なのだろう。
アンリが大人になったのか、それともリゼットの存在がアンリの中の何かを変えたのだろうか。
「あっ。ウィリアム様」
エントランスに向かうと、リゼットがひとりでぽつんと待っていた。
こちらを見て笑顔で駆け寄ってくる姿は、小動物のようで無性に頭を撫でてやりたくなる。
「フェロー子爵はどうした?」
「父は先に帰りました。一度、邸に帰ってくるように言われたのですが……」
不安そうなリゼットの様子に、然もあらんと内心ため息をつく。
つい先ほど、王太子に突然の爵位継承を言い渡されたばかりなのだ。
父親に独り立ちを認めてもらうため、必死にがんばってきたというのに、いきなり父の爵位を奪い、立場が入れ替わることになってしまった。動揺するのも無理はない。
「そうか。子爵となることが決まってしまった以上、いずれ子爵邸には戻らなければいけないしな」
「はい……」
「そう心配するな。ひとりで帰らせはしない」
突然王太子に離縁や職の解任、爵位の譲渡を言い渡された子爵が、おかしなことを考えないとも限らないのだ。
もちろんウィリアムも同席するつもりでいる。何かあってもすぐに対処できるように。
「ウィリアム様もついて来てくださるのですか?」
「ああ。リゼットが嫌でなければ」
「嬉しいです! ウィリアム様が一緒なら安心です」
何の気なしにリゼットがこぼす信頼の言葉が、ウィリアムの胸を温かくしたりしめつけたりすることに、彼女は気づいていない。
ウィリアム自身も、気づかぬふりをしてやり過ごしているので当然とも言える。
「さあ、帰ろう。お祖母様が首を長くして待っている」
「私も、早くスカーレット様にお会いしたいです!」
泣いてしまうかも、とすでに泣きそうな顔で言うリゼットに、ウィリアムは軍帽の下で笑う。
リゼットをうながし外に出ると、徹夜の目に朝日が痛いほど眩しかった。
*****
ロンダリエ公爵邸の門をくぐったあたりで、リゼットはそわそわするのを止められず、小窓にへばりついていた。
邸の入り口で扉の前に立つふたりの貴婦人の姿を見つけた途端、思わず立ち上がってしまい、馬車が停まるまで立ち上がるなとウィリアムにお叱りを受ける。
まるで子どものようだと自分でも思うが、じっとしていられないのだ。
「スカーレット様!」
馬車が停まり、ウィリアムが先に降りるのも待っていられず、使用人が扉を開けた瞬間、リゼットはドレスの裾を持ち上げながら外に飛び出していた。
ウィリアムのエスコートを待たずに腕に飛びこんだリゼットを、スカーレットは目を丸くしながら受け止めてくれる。
「リゼット!?」
「お、お会いしたかったです、スカレーット様ぁ」
スカーレットのバラの香りに包まれて、心底安心する。
王女宮での生活は楽しかったが、半分を過ぎた頃にはスカーレットが恋しくなっていた。これが物語で時折出てくる、ホームシックというやつだろうか。
図々しくもスカーレットを家族のように、ハロウズ伯爵邸を第二の実家のように思っているらしい。
「やれやれ、泣いてるのかい? ほら、顔を見せておくれ」
「うう……泣いてません~」
「泣いてるじゃないか。デビュタントを済ませたというのに、まだまだ子どもだね」
そう言ってあきれながらも、スカーレットはリゼットの瞳に浮かんだ涙をぬぐい、抱きしめ返してくれる。
優しくされると涙がこぼれそうになるのでやめてほしい。もう立派な淑女なのだ。絶対に泣いたりはしないと、気合を入れて鼻をすする。
「た、ただいま帰りました! スカーレット様、グレース様!」
「ああ、お帰りリゼット。待っていたよ」
「お帰りなさい、リゼットさん。大変だったみたいね」
いたわるようなグレースの声に、リゼットは目を瞬く。
もしかして、もうふたりには昨日あった出来事が伝わっているのだろうか。だがウィリアムを見ると、首を横に振られる。
「王宮から使者が来たんだよ。でも詳しいことは聞けていないから、お前たちの口から聞かせておくれ」
「食事はもうとった? まだならお昼までまだ時間があるから、軽いものを用意するわね」
ふたりに背を押されるように邸に入り、朝の陽ざしで輝く庭に面したティールームに通された。
侍女やメイドたちが準備万端でしたとばかりに素早く軽食を準備していく。
王宮の侍女たちの動きも洗練されていたが、ロンダリエに仕える人々もまったく引けを取らないなと、改めて働く女性たちに尊敬のまなざしを向ける。
まずウィリアムからふたりに事件のあらましが説明された。リゼットにも時々質問がきて、答えられることには答えていく。
話が進むうちに、スカーレットとグレースの顔はどんどん強張っていった。
「……信じられん。王宮でそんなことが」
「リゼットさん、本当に大丈夫だったの? 怪我をしたりは?」
「私はこの通り大丈夫です! でも私を助けるために、ウィリアム様が怪我をしてしまって……」
「ウィリアムは頑丈だからいいのよ! この子は馬車に轢かれたって死なないわ」
さすがに馬車に轢かれたら、ウィリアムもただでは済まないと思う。怪我は間違いなくするだろうと思ったが、ウィリアムは無反応だ。
まさか、実際に轢かれたことがあるのだろうか。そしてまさかの無傷だったのだろうか。
「それで、犯人は王太子が連れて行ったのかい」
「ええ。事件を公にしないために、処罰についても秘密裏に決定されるようです」
「とりあえず、もうリゼットさんが狙われることはないのよね?」
「はい。それは殿下に保証いただきました」
ウィリアムの説明を聞きながら、リゼットは昨日のジェシカの去る姿を思い出した。
これから彼女はどこに向かうのだろう。
天国のような場所に、というのは無理だろうが、食事と暖がとれる場所であればいいなと願う。
約束した通り、手紙を書こう。返事はなくても、ジェシカは読んでくれると信じて書き続けよう。
「リゼット?」
「あ……はい! 何でしょう?」
「大丈夫かい?」
第1巻、めちゃめちゃ書き直しまして、ほぼ書き下ろしレベルになりました…!
がんばった分、ものすご~く面白くなっておりますので! 詳しくは後日、近況報告で書きますね!




