道化
気がつけば、視線が佐伯君を追ってしまう。体がなんかずっと火照っている感じ。
いや、いかん、あたし、しっかりしろ!そして思い出せ、自分は色気より食い気だったと…。ちょうどよいことに、今夜の夕飯はシッティング・ビュッフェ形式だ。食べて食べて…そして何もかも忘れてしまえ。
「今夜は、あたしガッツリいくから!」
あたしはそう明言し、所狭しと並んだ料理のテーブルに張り付いた。
「御国、ちょっと取りすぎよ。ちゃんと食べ終えてからまた取りにいけばいいじゃない」
さすがに隣で品川さんが、顔をしかめた。
「いいの、いいの。だってまた取りに行くの面倒なんだもん」
そういってあたしはスパゲッティを大量に口に放り込んだ。
「諏訪さん、よく食うなあ」
目の前に、佐伯君が座り、じっと自分を見つめているではないか。一瞬、口に含んだスパゲッティーを吹きそうになった。
「そうよ、食べすぎよ。そんなことしてたら彼氏できる前にブタになっちゃうんだから」
佐伯君との接点を求めていた、市川が速攻で参戦してくる。
「いいもん、デブ専の彼氏作るもん」
あたしは口を尖らせた。さあ、ここでタッチ交代。このタイミングであたしはデザートを取ると称して席を立ち、市川にこの席を譲る。これぞ奇跡の乙女の連携プレー。
「諏訪さんてさあ、彼氏いないの?」
この、すっとこどっこいがぁ。空気読め、空気。
ひとが、ナイーヴな欠点さらして道化を演じてるちゅうのに、何その傷口に鋭利なナイフぐりぐりしてくれてんだ。ぼけっ!
「そうなの。御国ったら、今まで付き合ったことすらないんだって。今時ありえないよね」
市川!覚えとけよ。あんたもいつか簀巻きにコンクリート詰めで、東京湾に流してやるんだから!
――――汝、汝の敵を愛せよ――――不意に脳裏にキリスト様が降臨した。
できるかっ!この状況で。
――――右の頬をぶたれたら――――
倍返しの鉄拳で黙らせる!
……ってできたらなあ。
「だったら、俺、立候補しようかな」
自信たっぷりの口調で、佐伯がそういった。
「嫌だなあ、からかわないでよ」
あたしは自分を制して、そういうのが精一杯だった。
そして、そそくさとその場を立ち去り洗面所で、ひとり泣くのだ。
洗面所の鏡に映る自分の顔が、ひどく滑稽に思えた。
人は皆、生まれたときから仮面をつけて自分を演じているのだという。
あたしは、我ながら上手く演じていると思うのだけど、時々その仮面がひどく疼く。
好かれる自分、相手の求めるあたし。それを演じることはたやすいのだけれど、そこに時々首をもたげる、本当のあたしが恐ろしくて仕方ない。
水道水で腫れた顔を冷やし、あたしはまた、あたしの仮面をつける。
傷ついた内面を隠すために、今日は思い切り道化の仮面をつけよう。
騙しきる自信はあるのだから。
洗面所を出た先で、佐伯が佇んでいた。
あたしは、下腹にきゅっと力を入れ、手のひらを握り締める。
笑えっ、あたし!
「やだなあ。佐伯君も食べすぎ?トイレで会っちゃうなんて、やっぱりクサイ仲?なんちゃって」
おどけたあたしを見て、一瞬、佐伯君の目に痛みが走ったように見えた。
刹那、手のひらがそっとあたしの顔を包んだ。
「諏訪さん、泣いたんだ?」
ばかっ、必至で築いた心の防御壁なんて、意味ないじゃんかよう。




