楽園
しっとりとした雨が、少し冷たい夜の街を優しく抱きしめているみたい、などとぼんやりと下腹部を覆う鈍痛を感じながら、ふと脳裏に浮かんだバカみたいに乙女チックな思考を打ち消した。
友人たちはホテルの大浴場に行ってしまったが、あたしはどうやらアレがきてしまい、部屋でシャワーを浴びることにした。洗面室の鏡に、身体を映してみる。
今日のために新調した真新しい白いブラとショーツ。生理特有の饐えた匂いが鼻をかすめると、改めて自分が女であることを強く意識させられる。ブラをはずし、そっと胸の頂に触れると、つんとその薄桃色の先端をもたげた。
そっと瞳を閉じてみる。なんだか心の中がざわざわとして落ち着かない。
そっと佐伯が口付けた髪に触れる。まるで壊れ物を扱うように、佐伯が触れた頬にも触れてみた。
「なんで?」直接彼にそう問うてみたいと思う気持ちと、そんな彼の戯れを真に受けていると思われたくない、ちっぽけなプライドが交差する。
だけど、佐伯に抱かれる自分を想像した。
触れてみたいと思う。彼の髪に、頬に…そしてやわらかな唇に。
その硝子のような瞳に、あたしだけを映して欲しかった。
――――この男に抱かれてみたい――――
確かにそんな欲求が自分の中にあるのだと。
ショーツを脱いで、浴室にはいると太ももに生温かい感触がした。
どす黒い血液がひとすじ、蛇のように這っていた。
子を孕むため、女はこうして血を流す。それは遺伝子に組み込まれた、ひどく原始的な営みであるようにも思え、しかしそれは愛する男の子を孕むことができなかった、無念の血の涙なのかもしれない。
性を営む本能を、あたしは罪だとも、汚らわしいとも思わない。それは多分人間の奥深くに眠る、かつて神が与えた楽園を懐かしみ、欲するという失われた記憶の片鱗であるかのようにさえ思えてくる。全てが神の御手のなかにあったとき、世界はこの上もなく、あたたかで、優しいものであったのだろう。そして人は、本当は心の奥底でそこに帰りたいと切望しているんじゃないだろうか。
服を着替え終えるころには、部屋が俄かに騒がしくなった。
「お帰り~」
髪を拭きながらあたしはバスルームからひょいと顔を出した。
浮かない顔の市川が、あたしを見つめている。
「御国、ちょっと来て」
フロアの中央に置かれている自販機で、あたしはミネラルウォーターを買った。
「なに?」
まあ、だいたい言われるであろうことは、予想がつくんだけどね。
「私、佐伯君が好きなの」
斜め45度にあたしを見上げる視線が、妙に熱っぽい。
目尻の先に、涙が光ってるし。
ああ、女の子ってずるいなあ。
全部計算尽くだもんね。
「御国、協力してくれるよね」
『神である主は、東の方エデンに園を設け、そこに主に形造った人を置かれた。神である主は、その土地から、見るに好ましく食べるのに良いすべての木を生えさせた。園の中央には、いのちの木、それから善悪の知識の木とを生えさせた』〈新改約聖書 創世記〉
神様ってさあ、なんで幸せな楽園に、善悪を知る木なんてわざわざ生えさせたんだろ?
そんな神様を、あたしは少し意地悪だと思った。




