薔薇
10代の女の子が数人よれば、話の内容は決まって恋バナ。やれ、彼氏がどうしたの、バイト先の先輩がどうのと、同じネタで何時間でもマシンガントークが展開される。なんとなく、あたしは視線を窓の外に移した。
今日は宿泊学習、大学挙げての一大イベントなのだ。新入生が早く馴染めるようにとの大学側の配慮で、一泊二日、市外のホテルを借りきってオリエンテーションが行われる。「大学デビュー」なのかなんなのか、皆がそれぞれ何かの期待を抱き、大学御用達の豪華なバス内は、異様な雰囲気だ。
「佐伯君てさ、彼女いるのかな?」
あたしの座席の真後ろに座る同じグループの市川紗江が、うっすらと頬を赤らめて呟くと、友人たちは大いに盛り上がり、やたらと市川をプッシュした。
「本人に直接聞いてみなよ、告白しちゃえって。せっかくのチャンスじゃん」
こんな密室で、なんてあからさまな。それこそ佐伯君はあたしの斜め前の席で、寝たふりを決め込んでいる。まあ、なんというか佐伯君は確かにイケメンだ。女の子雑誌で特集を組まれてそうな、人気アイドル並みの容姿。そしてそれを本人も自覚しているから、そういうモテオーラが全開している感じ。半径3メートル以内に近寄ったら、妊娠しちゃいそうだなとか思ってまじまじと佐伯君を観察すると、佐伯君の開くと音がでそうなほど長い睫が少し震えてる。なぜだろう?
「諏訪さん、俺の顔になにかついてる?」
「いや、あの…えっと」
さすがに気まずく、あたしは焦った。そんなあたしを見て、佐伯君は爆笑する。
「諏訪さんて、可愛いね」
奴は何気に爆弾発言をさらりと言ってのけた。故に後ろの座席の市川から物凄い視線を感じることになる。
目的地のホテルに到着し、オリエンテーションを終えると、夕食時までは自由時間ということなので、部屋に引き上げた。友人たちは荷物をほっぽりだすと、またこりもせず恋バナに興じている。そりゃ、あたしも興味がないわけじゃないんだけど、なんせ異性と付き合った経験がないから、少し引け目を感じる。なんとなくその場に居づらかったあたしは、このホテルの名物だという薔薇園を散策することにした。
アーケードに咲き誇る色とりどりの薔薇の花が、ほのかに湿り気を帯びた甘い香りを漂わせ、あたしは目を閉じた。少し陰った五月の夕暮れに、薔薇は人知れずその美しさを咲き競う。
「諏訪さん」
霧雨に少し煙って見える視界の先に、佐伯が佇む。
「諏訪さんって、花好きなの?」
「まあ、好きといえば好き、かな」
確かに花は大好きで、将来フラワーアレンジメントの学校に通いたいって思ってるくらいだ。だけど、なんだか花が好きだなんて、口にするとやたら乙女チックな子みたいで、あんまり言いたくなかったし、知られたくもなかったんだけど。あたしはデジカメで、ひとつひとつ薔薇を写す。
◇ ◇ ◇
「あっこれ、フレンチ・パヒュームだ。いい香り」
諏訪御国は、そういって薔薇に顔を埋めた。
甘ったるい薔薇の香りに酔ったんだ。本当はただそれだけだったんだ。何をとち狂ったのか、俺は諏訪御国の長い黒髪に口付けた。なぜだかそれは、薔薇よりももっと美しく高貴なもののように思えて、官能的だった。それは未だ男を知らない、青く秘めやかな香りがした。案の定、諏訪御国は固まって赤面している。
「あああ…あの」
「なに?諏訪さん携帯教えてよ。俺たち同じ班でしょ。どうせ今日と明日と一緒に行動しなきゃならないんだし」
何食わぬ顔で、そういってやった。
露に濡れた熟れたそれに触れると、耐え切れず花弁がはらりと散った。
薔薇は美しい。高貴で気高くて、それでいて卑猥だ。




