二十五話
時刻は夜の十時手前。俺はいつものようにカメラをセットして配信する準備を済ませた。
こうして配信するのも久しぶりでなんだか懐かしく思える。初めてルシフェールとして生配信したことなんかを思い出した。
あの時は金もなく、衣装も今持ってる一番格好良い服を選んだ。配信の知識もなかったので取りあえず俺のルシフェール像をひたすら話しただけだった。
でも、そのお陰で俺は好きな人に出会えたんだよな。
思い出に浸りながらも頬を叩いて気合いを入れた。今日は世界でたった一人の為の配信だ。
ルシフェールの格好はせず、小野 秋人の、ありのままの姿で。
夜の十時になり配信が始まる。今日の配信はコミュニティー限定配信というやつで俺が相互フォローしている人ではないと配信が見れない設定になっている。俺がフォローしているのは天ヶ原さんだけ。つまり閲覧者の数が一人とつけばそれは天ヶ原さんが見てくれていることになる。
しかし始まって数分が経ったが閲覧者はゼロのままだ。天ヶ原さんはまだ見てくれていないらしい。
俺はブラウザの更新ボタンをクリックし続ける。天ヶ原さんが見てくれなくては意味がないから。
何度も何度もクリック。閲覧者が一人になるまで押し続ける。
頼む。どうか見てくれ。俺の思いを聞いてくれ。
そして遂に。
今までゼロから変わらなかった数字が1になった。天ヶ原さんが来てくれた。
俺は大慌てで座り直し、咳払いをした。
よし、後はしっかり俺の思いを伝えるだけだ。だけなんだけど。
いざ言おうとすると緊張して声がでない。心臓がバクバク音を鳴らしてその音が俺の耳元まで聞こえてくる。心なしか息も苦しくなってきた。
配信の直前までずっと考えていた告白の台詞までぶっ飛んでしまう始末だ。
くそっ! 何をやってるんだ俺は。こんなときにヘタレてる場合じゃねえ!
とにかく何か喋るんだ。言え! 言うんだよ俺っ!
頭でそう思う度に体が重くなって固くなって。ただ座っているだけで時間は一刻と過ぎていく。
――もう駄目なのかのしれない。だってあれだけ決意したのにいざ本番となったらこの様だ。
結局、小野 秋人という人間はただの臆病でヘタレでなんの取り柄もない何処にでもいるような普通で平凡でありきたりな奴なんだ。堕天使ルシフェールのような格好良い存在にはなれない。
俺に青い春はやはり似合わなかったのだ。似合うとしたらノスタルジーを感じる秋でも厳しい寒さの冬でもない。ただの普通のなんでもないありきたりな日々。つまり無だ。
天ヶ原さんには本当に申し訳ないがこれが現実。俺は君の為の主人公にはなれないし、君は俺のヒロインとしては余りにも美しすぎた。
――もう、俺の恋は諦めよう。
諦めたところで俺の体から力が一気に抜け軽くなった。俺がそういう人間だと象徴しているようでそれが可笑しくって俺は笑った。
俺の手を伸ばし、マウスを触る。小さな矢印となった俺の意思がゆっくり放送中止のボタンへと向かっていった。
――これを押せば俺と天ヶ原さんの関係は終わる。
――ごめん。天ヶ原さん。本当にごめん。
――そして短い間だったけどありがとう。
心の中で別れを告げ、右手の人差し指を上げた。
そんなときだった。
『私。ずっと待ってます』
放送画面に一言だけその文字は流れた。
俺はその瞬間体全身に稲妻が走ったような衝撃を感じる。
そしてその後にじんわりと体が温かくなった。
天ヶ原さん。君はこんなどうしようもない俺をずっと待っててくれたんだね。
だったら。それなら俺は……。
俺はマウスから手を離し、カメラに全体が収まるように座りなおした。
そして大きく息を吸って。全ての悪い感情を吐き出すかのように息を吐いた。
もう格好つけるのを辞めた。何かと理由をつけて逃げるのも辞めた。
正真正銘の小野 秋人として気持ちを伝えるだけだ。
「……天ヶ原さん。俺、君に言いたいことが沢山あって何から話せばいいか分からないけど。まずはごめんなさい。俺は君に酷いことをしてしまった。これはいくら謝っても許されないことだと思うから俺かこれから先も君に謝り続けるよ。」
「君が学校に来なくなってから俺色々考えたんだ。なんであんなことしちゃったんだろうって。なんで俺はイラついてたんだろうって。そんなときに夏美に説教されてさ。ようやく気がついたんだ。俺は君が好きなんだってことに」
「君と初めて話したときは衝撃的だったよ。あのちやちゃんがまさか俺の隣の席だったなんてね。今思えばこれって凄い運命的だよね。」
「初めてデートすることになってさ。俺実はあの夜ドキドキして眠れなかったんだ。だって女の子と一緒に歩いたことなかったから服とか凄い悩んだし、ちゃんと出来るかなって不安だった。でも実際にデートが始まって超楽しかったよ。天ヶ原さんと食べるクレープは甘くて美味しかったし恥ずかしかったけど同じ服を着て歩くのも楽しかった。俺が絡まれた時、本当は怖かった筈なのに助けに来てくれて嬉しかった」
「デートだけじゃないんだ。一緒に学校に行くのも。お弁当作ってくれるのも。俺に笑顔を向けてくれるのも。全部嬉しかったんだ」
「君が俺じゃなくてルシフェールのことが好きなのは知ってる。でも、それでも俺はこの気持ちを伝えたい。好きだ。俺は君のことが好きなんだ。だからもし良かったら俺と付き合って下さい」
最後に俺は画面越しにいる天ヶ原さんに頭を下げた。
なんだよ。ちゃんと言えるじゃんかよ。
多分今の俺は世界一格好いいよ。
そのまま一分ほど頭を下げただろうか。返事が気になり顔を上げ画面を見る。
しかし、コメントは来ていない。それどころか閲覧者がゼロになっていた。
やっぱり駄目だったのか。俺には無理だったのか。
俺はやり場のないこの気持ちを抑えながら画面を凝視していた。
俺の携帯が鳴ったのはそんな時だった。
飛び込むようにベットへ行き、携帯を掴む。画面をつけてみると天ヶ原さんから一件のメッセージが来ていた。
俺は普段信じていない神様に全身全霊で祈りを捧げてから、そっと指でスワイプしてみる。
メッセージの内容はたったの九文字。でもそれだけで俺が動くには十分過ぎる文字だった。
『今すぐ会いたいです』




